第65話 初めての勇気①

「な、何だあれは!」


「まさか、まだ一隻残っていたなんて!」それを見上げていた二人は、浩紀による置き土産なのだろうと察する。


「あんなもの、いつの間に……」


「まずいな……すぐにここから逃げるんだ!」


「いや、でも」と渋り、何とも言えない表情で後ろを見た。


 男も同じ方向を見る。洸太の視線の先には同じ造りの倉庫があった。雨風を凌ぐために隣の倉庫の中に東と陽助を雨宿りさせていた。タンカーが落ちれば間違いなく二人に被害が及ぶ。二人を置いて自分だけスゴスゴと退避するわけにはいかなかった。


「ならば二人を連れて早く逃げろ。ここは私が、くっ……」と起き上ろうとしたが、足に力が入らず前に倒れてしまう。


「どうしたんですか!」


「身体が……どうやら思いの外力を消耗してしまったようだ」と、浩紀との戦闘と船を一斉に海に戻した時に体力を使いすぎたことを回顧した。


「こ、このままじゃ……」と苦虫を嚙み潰したような顔で上を見上げた。


 タンカーはみるみる落ちていく。全ての船を片付けたと思わせ、油断させたときに満を持して遥か上空に待機させていた石油タンカーを落とす。


 浩紀はこうなるように手筈を整えていた。実質男の体力は底を突き、洸太は何の戦闘訓練も受けていない上に毛が生えた程度の念力しか使えないというとても心許ない状態。

 

 今頃浩紀はこの状況を想像しながら見下すような清々しい顔で嘲笑っているだろうと思うと、怒りと悔恨の念がマグマのように湧き上がって来る。この落ちてくるタンカーを止められる術は残っていない。


 このまま押し潰されて死ぬしかないと思われたその時、洸太がいきなり立ち上がって駆け出した。考えるよりも先に体が動いてしまい、気付いたら海を背にタンカーの真下で立ち止まる。


「おい、何してる!」洸太の突然の行動に戸惑いを隠せず叫ぶ。


「僕が……止める!」


「なっ、正気か!? 馬鹿なマネはよせ。今の君の力では……」


「それでも、試しにやってみないと分からない。もしかしたら、僕でも出来るかもしれない!」と意気込んだ。何故か自分では分からなかったが、今ここで逃げたら後悔が残るような気がした。


 今の自分に出来るかどうか不安だったが、とにかくやってみることにした。やることに意味があると考えての行動だった。洸太は両腕を上に突き上げてまるで受け止めるようなポーズを取って惜しみなく発した念力で巨大なタンカーを支えた。


「うぅっ……ぐうぅっ……!」あまりの重さに洸太は唸り声を発し、両腕と両脚が小刻みに震え、足が地面にめり込んでしまう。


 それでも洸太は物凄い形相で歯を食いしばって耐え忍び、その様子を男は唾を飲みこんでそのまま潰れてしまわないか不安そうに見ていたが、洸太の勇気と覚悟を固唾を飲んで見届ける。

 

 先ずは男がやったようにまず水平に戻すことを試みた。そうすればすぐ目の前に広がる海に無事に降ろすことが出来る。しかしここにきて念力が底を尽きてきた。何かが降ってきて倉庫の屋根を突き破って落ちてきて、また何かがアスファルトの地面に落下してきた。

 

 よく見たら何かを構成する部品のようなものだったようで、タンカーが直立の状態だったため様々な部品が落ちてきたのだった。それでも洸太はそれらの部品には少しも目もくれる余裕なんて微塵も無かった。

 

 それもその筈。中のタンクが空になっているとはいえ、数万トンもの重量を誇る石油タンカーをたった一人で受け止めること自体土台無理な話だった。浅はかだった。この状態ではもう持ちきれず本当に潰されてしまってもおかしくない。やむを得ないが、このまま後ろの海に着水させることにした。


「ウオオオオオオオオオ!」


 身体をゆっくりそして慎重に捻って海の方を向いて足を前に出したその刹那、遂に限界が訪れて重心がずれ、バランスを崩して前に倒れ込む。倒れ込んだと同時に持ち上げていたタンカーを投げ飛ばすように放してしまった。


 それはまるで、バスケットボールの試合終了直前に選手が遠くからダメ押しにボールを投げるのと似ていた。

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