第63話 乱入②

「大丈夫かい?」と、突然の出来事に戸惑う洸太に見知らぬ男が優しく声をかけた。振り向くと、声をかけてきたその男は世界中どこの国とも当てはまらない白色の異国風の衣装に身を包んだ男で、丁度真後ろの空中に浮かんでいた。


 右手には木製の杖を持っており、まるで天使あるいは神に仕える清き賢者のような風貌をしていて、衣服の首回りや袖、裾などにあしらわれた金色の刺繍がそれらしい雰囲気を更に際立たせている。


 また、こんなにも雨風が吹き荒れているというのに服装は濡れておらず、靡いてもいない。その様子を見て洸太はただただ言葉が見つからず返事するのを忘れてしまった。

 

 それ以上に驚いていたのは浩紀だった。あの至近距離で瞬時に射程外に移動できる筈が無く、確実に仕留めたと思い込んでいた。無念そうな表情を浮かべると、再び銃を構えて今度は突如現れた異国風の男に狙いを定めて引き金を引いた。先ほどと同じく衝撃波が勢いよく放出されていった。

 

 それを見た男は地上に降り立って間を置かず洸太の前に出たかと思うと、杖を両手で持って投げられたボールを打つように上に向かって振った。それに従って衝撃波も九十度向きを変える。再び杖を振って衝撃波は更に九十度曲がって浩紀の方へ戻っていった。


「軌道が変わった!?」男に向けて撃ち出した衝撃波がそのままUターンして返ってきたことに驚いたものの、軽快な身の熟しで速やかに空へ飛んで躱す。しかし、衝撃波はまるで意思を持っているかのように上空へ飛んでいった浩紀を追ってまた曲がっていった。

 

 どこまでも追撃してくる衝撃波を最早振り切ることは不可能だろうと考えた浩紀は、ショックブラスターの引き金を引いて衝撃波を撃ち込んで相殺しようとした。狙い通り、全く同じ質量のエネルギーを持った塊同士が同じスピードで勢い良くぶつかり合ってそのまま消滅した。


「あいつ、飛脚を使えるのか」と呟いて男も直ちに浩紀の後を追って空へ飛ぶ。

 

 まるで見えない土台でも存在するかのように空中にピタッと浮いたまま一定の距離を取り、互いに向かい合って睨み合う。そんな牽制し合う二人に呼応するかのように風雨が激しくなり、雲間にピカッと稲光が迸ってその後に雷轟が響き渡る。


 まさにこれから壮絶な闘いが始まろうとしているかのような様相を呈していた。もし本格的な戦闘に入れば浩紀が不利になるのは明らかだった。雅人を担いで守りながらの状態ではさすがに分が悪すぎてまともに戦えない。


「あれを打ち返してくるとは。不意を突かれたよ」


「あの程度の攻撃などどうってことないさ。先ほどの衝撃波をもう一度撃ってみろ。その瞬間弾き返してやる」と杖を両手で持って余裕の姿勢を示す。


「フッ、流石と言ったところか」それもこれも、どこからともなく現れた謎の男による機転を利かせた行動を称賛した。険しい表情を浮かべて悔いるどころかとても余裕な様子だった。


「その様子だと万策尽きたんじゃあないのか。おまけにその彼を抱えた状態ではまともに戦うことさえ出来ないだろう。まさに袋の鼠というわけだ」男の言う通り、誰がどう考えても浩紀にとって圧倒的に不利な状況だった。


「まさかこの僕が、何の策も講じずにノコノコとやってきたとでも? 舐められたものだな」万事休すと思われていたその時、浩紀は不敵に嗤いながらながらそう言って銃を仕舞い、空いた左手を天に突き上げる。


「何のつもりだ」


「僕の後ろに目を凝らしてみろ。何が見える?」と言われたとおり浩紀の奥に広がる景色を見据えたところ、普通ならあり得ないような光景が目に映って思いがけず目を疑う。夜の帳と風雨のせいでシルエットしか見えないが、雷が光ってその全貌がはっきり見て取れる。

 

 二人乗り用の小型のものから大型のものまで海の上にある筈の漁船やクルーザーといった大小様々な船舶がずらりとヘコアユのように空に垂直に浮かんでいて今にも落下しそうだった。船舶の列を目で追っていくと、後ろのその先まで続いていることが分かり、これらは全部浩紀の念力によって持ち上げられたものだった。


「貴様……!」と浩紀に向かって悔しそうに言い放つ。


「僕を見くびってもらっちゃ困るよ。指定の位置についた。あとはタイミングを見て落下させるだけ。この腕を振り下ろした時が念力解除の合図となる。全部落ちたら甚大な被害を齎すだろうね」爽やかに表情を緩めながら愉快そうに言ったのを受けて男が突撃した。


 これ以上の狼藉を止める為にサッと間合いを詰めたが、すんでのところで浩紀が左手を振り下ろしてしまう。それが落下の合図であり、空中に浮かぶ全ての船舶がまるで吊るし糸を切られたように一斉に落下し始める。


「しまった!」


「これは僕からのささやかなプレゼント。餞別だ」と男の注意を逸らした隙にそう言い残して去って行く。


「待て、逃げる気か!」


「ひとまず目的を果たした。もうこれ以上ここにいる理由もない。いずれまた会おう」と振り返って男と地上にいる洸太を一瞥して力尽きた雅人を連れて彼方へ飛んでいった。追撃しようとしたが、今は人命を救助するのが最優先だとしてその場で留まり、落下していく船舶を念力で固定して船の動きが止まった。


「エテルネル族か。面白い」と去り際にそう小さく呟き、ほどなくして浩紀の姿が完全に暗闇に消えて見えなくなった。

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