第61話 制圧

 洸太がここにいるのもただの偶然はない。超能力で脳内に響いてきた数々の悲鳴を聞いて場所を突きとめて自らここへやってきたのか、それともあの二人に連れられて来たのかのどちらかしか考えられない。いずれにせよ、助けに来たわけではないことははっきりと見て取れた。


「光山、何してる! 早くその場から離れろ!」と東が叫んで警告した。

 

 ここにやってきた理由が後者の方だと確信した雅人は洸太を敵と見做して攻撃に出る。先ず排除するなら三人の中で一番弱そうな洸太からだった。洸太は自分に狙いを定めたことが分かった瞬間、頭の中で逃げるかそれとも迎え撃つべきかという究極の選択を迫られた。

 

 雅人が迫り来るまでの数秒という僅かな時間で決断しなければならない。そして、踵を返すと思いきやその場で留まって雅人と戦うことにした。逃げるという選択を捨てて両手の拳を握りしめ、雨で濡れているコンクリートの地面をしっかり踏みつけて立つ。ここで逃げれば雅人を止めることが出来ない上に、一生彼に怯えるだけだろうと考え、立ち向かうと決めた。

 

 意を決して両手を突き出し、雅人に向けて念力をぶつける。しかし、彼の素早い反応と並外れたパワーで弾き返されてしまう。見えない丸太で身体を突かれたような衝撃を受けて後ろへ煽られ、地面を数回回った後に止まった。ぐったりしている洸太を追撃しようとしたその時、東が念力を使って雅人の身体を拘束した。

 

 その刹那、東が瞬間移動したかのように雅人の前に現れ、何やら構えの姿勢に入って向かってきていた。地面を強く蹴って懐に入り込み、脇を閉め、右手を掌底突きのように指を丸めて掌の手首に近い付け根の堅い部分で鳩尾を目がけて右腕を弾丸のような速度で伸ばした。


「鳩尾撃ち!」


 技名を叫びながら掌底を浩紀の鳩尾にナイフを刺し込むように打ち込んでボクシングのアッパーカットのように上へ強く突き上げた。ドスッという音が響く。

 

 東が装着しているグローブの手首の部分には丸みを帯びた突起があった。安全靴のつま先部分の甲革と裏革の間に挿入する先芯で出来ており、この部分を真っすぐ打ち付けるだけでも決定打になるが、鳩尾に到達する直前に手首を捻ったことで回転が加えることで更に威力が増した強力な打撃となった。打ち込まれた東の掌底が雅人の体の内側にまでめり込んでいく。


「ぐはっ」


 鳩尾は人体におけるフェイタルポイントの一つ。鳩尾の奥にある腹腔神経叢には多数の交感神経が通っていて痛覚が鋭敏なため、強い衝撃を与えると激痛が伴う。そして鳩尾に打ち込まれた衝撃は横隔膜にも伝搬して横隔膜の動きが瞬間的に止まったことで呼吸困難に陥って悶絶している。


 銃口から弾丸が高速で発射されるように雅人の身体が後方へ勢いよく飛んでいった。飛んでいった方向に陽助が待ち構えていて、身体をガシッと受け止める。


「はーいお客さん、しっかり捕まって下さいねぇ!」いたずらっぽく言って腰に手を回し、更にきつく掴んでそのまま天高く飛び上がった。地上から数百メートルの高さに達した時に静止したかと思うと、ゆっくり後ろに倒れて急降下していく。


「超高速フリーフォールだぁ!」陽助が揚々と叫び、地球の重力も加味されてどんどん落下するスピードが増していき、そのまま真下の倉庫まで一直線に落ちて激突した。「ドォオン!」という爆発音のような物凄い轟音とともに粉塵が激しく舞い上がる。

 

 洸太に気を取られている隙を狙って東と陽助の二人は互いに意思疎通を図って咄嗟に仕掛けた連携攻撃は見事に成功した。


「ふう、死んでないだろうな」


「心配ご無用。まだ息はあるさ。これで暫く目を覚まさない筈だ」と陽助が雅人の口元に耳を近づけて微かに聞こえる呼吸を確認しながら言った。陽助が雅人の身体を掴んで持ち上げた時、既に意識は無くなっていた。技の効果は抜群のようだ。


「全く、相変わらず無茶しやがって」と溜め息をつき、洸太に付けたものと同じリストバンドを取り出して雅人の首に嵌めこもうとしたその時、”何か”が来る気配を瞬間的に感じて二人同時に後ろを向いて構えを取った。


 戦闘でボロボロになった倉庫の外に誰かがいる。

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