第59話 兄殺しと父親殺し②

「それでもお前らが母さんに危害を加えようとしてたことに変わりないんだよ!」


「……言っとくが、元はと言えばお前が先に喧嘩吹っかけてきたんだぜ? 俺たちはそれを買ってあげただけだ。お前がしゃしゃりでなけりゃお前の母ちゃんは病院送りにならずに済んだのによ」と挑発的な態度で雅人を煽る。


 その言葉を聞いて頭に血が上り、平沼の胸倉を鷲掴みにして無理矢理立ち上がらせた直後、顔を平手打ちのように左手と右手で交互に数発殴った。顔を数発殴られた平沼は力尽きたように倒れてしまう。殴られた衝撃で片眼が潰れている。


「うぅっ……この、マザコン野郎が。たかが親を病院送りにされたぐらいで熱くなってんじゃねえよ」


「身内をやられて平気でいられる奴なんていないさ。お前だってそうだろうが!」と軽く息切れしながら怒気を込めて言った。


「兄貴のことか。フン、寧ろいなくなって清々したぐらいだよ」


「お前の兄は、たった一人で罪を背負って車に轢かれて死んだんだ。お前が被るべき罪をな!」


「全く馬鹿な兄貴だぜ。あの時戻って来なけりゃ無駄死にしなくて済んだのに。頼んでもないのに余計なことするから呆気なく死ぬんだよ。お前の親父と一緒さ!」


「そもそもお前が父さんを殺さなきゃこんなことにならなかっただろうが!」


「俺はあの時、兄貴と喧嘩して負けたんだ。屈辱的な敗北だった。それなのにあいつは、お前の親父は『天気は心の写し鏡だ』とか清々しい顔で言ってきて俺の逆鱗に触れたんだ。無性にムカついたよ。何も知らないくせに知ったような口利きやがって。余計なお世話なんだよ!」

 

 父さんの優しい表情で言う情景が脳裏に浮かぶ。そしてそう言っている傍でナイフを構えて躊躇なく一直線に突っ込んで来る平沼の姿も想像できた。あまりのショックについ目を閉じて強烈なイメージを綺麗に払拭して再び目を開いて鬼のような形相を浮かべる。


「そんなことで……そんな理由で父さんを殺したって言うのか!」


「ああそうさ。あの後俺の中の何かが吹っ切れた感じがして最高だったよ。迎えに行くのがもう少し早けりゃ助かったかもしれねえのにな!」と嘲笑しながらわざと煽り立てる。


「この野郎ぉ!」と吐き捨て、挑発に乗せられたことで激昂して平沼の身体を引き寄せて勢いよく壁に叩き付ける。壁に勢いよく叩きつけられた平沼が「うわぁっ!」と発した。衝撃で壁に身体がめり込んでしまう。


「俺の父さんを殺しといて調子に乗るんじゃねえ!」と吐き捨てて両手を伸ばして平沼の首を絞め上げる。


「うぅっ、あぁっ……!」雅人の両手の指が首に食い込んでまともに息が出来ない。


「殺してやるぅ!」と言い放って握力を強めていった。そんな雅人のやりきれない思いに呼応するように周囲のありとあらゆるものが振動し、大気までもが震え始めた。


「うっ、くっ……」平沼は更に悶え苦しみながら雅人の手を振り解こうと抵抗するも、首を掴む力が強すぎてなかなか解けず、みるみる意識が薄れ始める。視界が赤く染まっていき、その赤い視界に歯を食いしばって懸命に首を絞める雅人の顔が映った。


≪よく聞け。あいつを探して報復しようという気だろうが、止めた方が良い。自分の首を絞めるだけだ≫


 ここで平沼は何故か、東が自宅を訪れたときに口にしていた言葉を走馬灯のように想起した。馬鹿らしいと思いながら聞き流していたあの言葉がまさかこんなところで響いてくるとは想像すらしていなかった。

 

 もっと真剣に耳を傾けていれば、こうして状況的だけでなく物理的な意味でも首を絞められることなんて無かっただろうなと今更悔やむ。頭や目玉がジンジンしていよいよ抵抗する力も意識も何もかも薄れていき、そして遂に、「ポキッ」という骨の折れる音がしてその途端に平沼はその場でバタリと倒れてしまった。意識はもう無いが、顔には狂気と恐怖を張り付かせて力なく伸びていた。

 

 憎しみの感情に任せて問答無用の復讐を遂げた雅人はただただその場で立ち尽くしている。取り巻きの男達は平沼が死亡してしまったことを受けて完全に戦意を喪失してしまい、情けない叫び声を上げながら一目散に外へ逃げていく。


 兄を退けて副産物的に手に入れた不良グループの頂点という地位や名声とともに平沼の生涯はあまりにも呆気ない形で幕を閉じた。

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