第58話 兄殺しと父親殺し①

 同じ頃、待ち合わせ場所として指定していた倉庫では平沼とその十数人の取り巻き達が、雅人が来るのを心待ちにしていた。さすがの雅人もこれだけの人数を相手に勝ち目なんて無いと踏んでいた。

 

 最も憎い相手をもう一回集団リンチしてやれると思うと無性に気分が高揚する。それはまるで、新作のゲームソフトがどこのお店でも売り切れていて黄昏れていたら、実は親が密かに買ってくれていたということを知って心の底から幸せとありがたみを感じたあの喜びと似ていた。


「あいつ、本当に来ますかね」ふと取り巻きの一人が聞き、「わざわざ監視カメラに向かってここの場所と日時を言い残したんだ。来るさ、必ずな」平沼はそう断言してドシッと構える。

 

 倉庫全体が降りしきる雨に打たれてゴーッと鳴り響く。その時、


バン! 


 という金属が破れる音がした。閉まっていたシャッターに手が貫通して出来た穴を両手で紙を真っ二つに引き裂くように左右に広げていった。怪力で鉄製のシャッターがみるみるうちに歪な菱形に変形していき、金属のギーッと軋む音が響き渡る。その向こう側に雅人が立っていて、憎悪に満ちた鋭い眼光を平沼たちに真っすぐ向けていた。


「ほらな。おいでなすったぜ」


 ゆっくり歩き出して倉庫の中に入っていく。取り巻き達もそんな雅人の周りを取り囲んで鉄パイプや金属バットといったそれぞれの武器を構えた。取り巻きの男達の中には、雅人を下に見てガンを飛ばす者や、武器を持つ手が震えて腰を抜かす者もいた。


「やっと来たか、遅かったな。待ちくたびれたぞ」と立ち上がって近づく。


「お前らが、母さんを……」


「ああそうさ。お前を誘き出すためにな。やっちまえ!」と大きな声で言い放ち、それを合図に取り巻きの男達が一斉に雄叫びを上げて雅人を討とうとに襲い掛かる。

 

 活気づいた血気盛んな男たちが「ウオオオオオオ」と叫んで威勢よく飛び掛かるも、雅人はそんな男たちのことなど眼中になく、身体を浮かせてバッタのように弧を描くように跳躍して男たちを飛び越えて平沼の元に着地した。


「俺の父さんだけじゃ飽き足らず、母さんまで……」と最後の一人となった平沼に向かって言い放つ。


「お前を見てるとよぉ、何故か兄貴のことを嫌でも頭に浮かぶんだぜ……忌々しくて、憎たらしくて……まるで今のお前みたいで頗る頭に来るんだよ!」高速で目前まで迫ってきた雅人を見て驚いたが、自から近づいてきたことを良いことに、すかさず雅人の左の顔を殴った。「ガンッ」という音がして、その直後に平沼が反射的に後ずさりする。


「うぅっ……」鋼鉄のように硬いとは知らず、拳を押さえながら悶絶していた。そんな平沼に対して雅人は一切動じることなくただ鋭い眼光を放っていた。


「いいか。殴るというのは、こうやって拳をしっかり握って、思い切り殴るんだよぉ!」と右手の拳をギュッと強く握りしめて前に突き出す。


 父さんが殺されたあの日からずっと探し続けてきた仇に漸く巡り合えた。そして今度はあろうことか最愛の母親にまで手に欠けようとしていた。絶対に許すべきではない。この時の為に溜め込んできた憎悪や怨みを乗せた渾身のパンチを繰り出した。


「ぐはっ!」顔を容赦ない強さで殴られた平沼が衝撃で後方へ真っすぐ飛んで壁に叩きつけられた。鼻から血が間断なく溢れ出る。雅人が打ち出したパンチはまるで金槌のように硬い上に強力だったため意識を失いそうになったがなんとか保てた。

 

 雅人の超人的な身体能力を見せつけられて呆気に取られていた取り巻きの男たちが気を取り直して、「クソ野郎がぁ!」と叫んで一斉に突撃し、手にしているバットや鉄棒を振り降ろすも、雅人は平沼を見つめたまま念力を打ち込んで男たちを弾き飛ばし、その影響で周りにあった木箱や棚なども煽られてしまう。

 

 放たれた台風並みの風圧を誇る念力によって天井や壁に激突してほとんどが気を失ってしまい、中には雅人の恐ろしさを思い知って戦意喪失する者もいた。自分の引き連れた仲間たちがあえなく敗れてしまう状況を目の当たりにした平沼はただただ絶句する中、雅人の強烈な膝蹴りを受けて腹部を抑えて悶絶する。


「今のが母さんの分だ」平沼を見下ろしながら吐き捨てるように言った。雅人の憎悪に満ちた鋭い視線が突き刺さる。


「うっ……気が済んだか?」と平沼が苦しそうに訊いたが、強気の様子だった。


「何?」


「実を言うとな、俺たちは何もしてない。お前の居場所を聞き出そうとしたら勝手に倒れただけだ」とここぞとばかりに事の真相を打ち明けた。

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