第56話 スクールカースト一軍会議③

 その晩。楠本樹が平沼の自宅を訪れていた。焦りや恐怖からなのか、楠本は中へ上がるなり落ち着かず腕を組みながらソファの近くを何度も歩き回っていた。


「お前のところにも来ていたのか」


「うん。僕があの日学校で何があったのか、どういう状況だったのか、日向との関係とか根掘り葉掘り質問されたよ。もとより、僕らのことは一切言ってないから安心して」やはり楠本も平沼と同じく色々聞かれたようだった。


<樹、本当に見たのか。間違いないのか>


 タブレット端末のモニター越しで頬杖を付いている城崎が怪訝な表情で問いかける。


「ああ、顔もはっきり見た。間違いない……日向と岡部だった」


「クソ、やっぱり生きてやがったのか。しぶとい奴だな。まさかあれだけ痛めつけて崖から突き落としたっていうのに。一体どうやって生き延びたんだよ!」と苛立ちを露わにして目の前のテーブルを蹴る。


 数日経って雅人の死体は発見されておらず、恐らくまだ生きているだろうと予想していたが、まさかこんな形で自分たちの前に再び現れるとは思いも寄らなかった。


<まだあいつらと決まったわけじゃあないだろ。見間違いの可能性だってあるかもしれない>


「さっきの地震も自然発生したものではなく、あいつの仕業だったんだよ。ニュースで見たでしょ。学校を中心に家屋が倒壊して被害が広がっていったって。クラスメイトの家も学校から近かったから家の天井が突然崩落して大怪我したって。


あんなこと出来るのは日向しかいない。次は間違いなく僕たちを殺しにやって来る!」と思っていたことを一気に吐き出していった。恐怖で目が血走っている。


「落ち着けよ。だったらこっちから先手を打つしかないだろ。探し出して今度こそあいつの止めを刺してやればいい」


<そうと決まれば早速招集だ。俺の方から皆に呼びかけるよ。売られた喧嘩は買ってやらないと。目には目を歯には歯をだ>


「頼むぜ。宣戦布告なんて舐めたマネしやがって。望むところだ。次は半殺しじゃあ済まないだろうよ」


「どうやって探すのさ」


「そんなのお前の得意のハッキングで街中の監視カメラをジャックしてあいつの居場所を探せばいいだろ」


「はっ?」楠本が目を見開いて訊き返した。


「どうした、ビビって腰を抜かしたのか?」


「僕はもう二度と御免だ。ちょっとした刺激を感じることが出来ればそれで良かったんだから。だが今回はさすがに度が過ぎてるよ」


「今更何言ってんだよ。お前も共犯者だからな」


「だったら抜ける。もう金輪際協力はしない」


「このままあいつに殺されても良いのか!」と平沼が及び腰の楠本のシャツの胸倉を掴んで怒鳴るように言った。


「僕だってここまで大事になるなんて思わなかったんだ!」


<待て、樹。心配するな。あいつさえ消えてくれれば俺たちの不安要素は消える。俺がいないのは心細いかもしれないけど、なんとか耐えてくれ>

 

 とモニター越しの城崎が落ち着いた口調で諭した。


「……これで最後にしてくれるなら、もう一度だけ協力するよ」


<ああ、約束だ>


「でも、あの倉本陽助って男、俺たちを監視してるって。どうやって監視の目を誤魔化すのさ」


「ん、今倉本って言ったか?」


「そうだけど、それがどうしたの?」


「てっきり、その東って男と光山がお前のところに行ったんだって思ってたけど、そんなことどうでもいいや。とにかくバレる前に始末すればいい。まあ、バレたところで何が出来るんだって話だけどな」


「相変わらず短絡的だね」あまりにも安直な回答に呆れてしまった。


 その後、行方が分からない雅人の現在地ではなく自宅を特定することにした。もしかすると雅人の家族なら居場所を分かっている筈。そんな期待を込めてパソコンを開いて操作し始めた。キーボードを打つ手が忙しなく動く。

 

 この前渓谷で袋叩きにしたときにコウモリの正体が雅人だということが分かったので、至るところに設置されている防犯カメラに映った雅人の姿をピックアップし、それらの画像から自作のソフトを駆使して見事自宅を絞り込むことに成功した。住所を割り出して平沼に伝えると待ったなしに不良たちに連絡を入れて集まってもらい、雅人の自宅へ直行した。

 

 最後のミッションを終えた楠本は一仕事でも終えたかのように全身から一気に力が抜けてだらんとしており、「これで漸く終わるんだ」と心の中で呟き、達成感に満ちた表情をしていた。

 

 雅人の自宅では、キッチンで料理をしていた母親が玄関のチャイムが鳴ったので何の疑問も持たずにそのままドアを開けると、ドアの向こう側にバットや鉄棒を持った数人の男たちが立っていて睨みつけていた。


 その中の一人、平沼が近づいてただならぬ雰囲気に強張る母親に対しニヤリと凶々しい笑顔を見せていた。

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