第51話 念力の仕組み②

「良い質問だね。念力は先ほど説明したこれらの力とは根本的に性質が違うんだ。そもそも念力というワードを聞いて何を思い浮かべる?」


「遠くから物を触れずに思うように動かしたり、浮かせたりすることが出来る便利な力だってことかな。サイエンスフィクションとか漫画でよく題材に使われるし。でも物理法則を無視しているから非現実的っていうか、今の科学技術では解明できる余地が無いから結局スピリチュアルや中二病の範疇に留まるっていうか」


「まあ、パッと浮かぶのはそういった典型的なイメージだな。でも、実際に念力を使えるように努力出来たら凄いと思わないか? 例えば、さっき俺が零した水や粉々になったグラスの破片を吸い上げるとか」


「それって、どういう……」


 洸太にそう訊かれた東が、先ほど水を零してグラスの破片が落ちてあったところに近づいた。そして掌を下にして右手を前に出したかと思うと、床に散乱していたグラスの破片が浮かび上がって見えない糸で引っ張られていくように東の掌まで集まってきた。

 

 やがて破片が一つ残らず集合して、ジグゾーパズルを完成させるように東が割る前のグラスの形を形成した。接合こそしていないものの、一つ一つの破片は寸分違わずピッタリ嵌まっていた。その後、床を濡らした水も掃除機に吸い込まれていくように小さな竜巻を成して重力に逆らいながら、念力で出来上がったグラスの中に入っていった。


 床には水一滴もグラスの破片が一つも残っておらず、グラスに水が入っている状態でもまた下に向かって落ちることは無く中に留まったままだった。砕けたグラスも零れた水も、念力によってまるで時間が逆行したみたいに元の状態に戻った。


「今何が起きたか理解できるか?」東は“念力で元に戻った”グラスを持って机にそっと置いて訊いた。そして「どうだ、凄いだろ」と言わんばかりに得意気な顔で洸太を見る。


「水が……グラスが……」今起きた出来事の一部始終を信じられないといった様子で見ていた洸太は終始唖然としていた。


「そう。俺が念力を使って床に落ちていた水とグラスの破片を吸い上げて元通りになる。これで水が零れてグラスが割れて粉々になったという事実は無くなったわけだ」

 

 洸太が椅子から立ち上がって水気の感触を確かめようと床を触ったが、床は全く濡れておらず、東は本当に念力を使って水を最後の一滴まで吸い上げたのだと改めてその凄さを実感した。


「これが、お前の知りたがっていた念力というものだ。でも、ここで一つ疑問に思う筈だ。地球上に存在する物は全て地球の重力に引っ張られている。なのに、どうして俺が手を前に出しただけで床にあったグラスと水が重力に抗いながら上に持ち上げられたのか、と」


「確かに……可能性として挙げられるのは浮力、揚力、磁気力、それから引力と斥力。でも浮力は水の中に入って初めて働く力だし。揚力もあり得るが、そもそも窓が無いから風が流れるわけがない。磁気力だとお互いが磁性体じゃなければ生じない。引力と斥力も考えられるけど、生物同士の万有引力より地球の重力の方が遥かに強いから物理的に無理だ」


「更に言えば、俺がさっき例に挙げた摩擦力、浮力、束縛力、垂直抗力、張力、弾性力も、それぞれの性質こそ違いはあるがどれも物体と物体が互いに接触して初めて力が働くという共通点がある。そのどれにも当てはまらないとしたら、やっぱり現代の科学では説明が出来ないスピリチュアルなものとして疑ってしまうだろう。


確かに念力は今俺がやって見せたように実在する力だけど、まだまだ謎な部分が多いんだ。どのように発生し、指定した対象に触れずに意識するだけでどのように影響を及ぼすのか。


恐らく、体内に働く電磁気力が何らかの形で体外に放出されて、その放出されたエネルギーが波動として伝搬し、空気中の分子を振動させて対象の物体に働く力に影響を及ぼすことで、触れていない状態でも物体を動かしたり浮かせたりすることが出来ると言われている。


そこから考えられる仮説は、念力というのは自分を中心とする空間領域に存在する全ての力を司り、意のままに操作する力のことだと俺は考えている。一見して物理法則を無視しているようで、その発生原理さえ掴めればちゃんと物理法則に則っている現象であることが分かるわけだ。


とはいえ、まだまだ研究段階である上にエネルギー保存の法則・慣性の法則・質量保存の法則に従っているかどうかも実験を経て証明しなければならないし。これから長い時間をかけて審らかにされるだろう。全然答えになってないようで申し訳ない」と解説した後に謝った。


「やっぱり人智を超える力だからそう都合よく解き明かすことなんて出来る筈がないってことだよね」


「ああ。念力を含めた超能力を証明出来る参考文献や研究資料はとても少ない。


だからこそ、今我々が行っている研究によってこの力の謎が審らかになることが期待されているんだ。もし、この力の仕組みが解けたら、いずれポルターガイストといった心霊現象も科学的に解明されるんじゃないかな」


「そのために、僕たちは存在するんだってこと……?」

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