第50話 念力の仕組み①

「えっ、いやそんなに好きじゃないけど」予想外の質問に少し困惑しながら答える。


「そう。じゃあ、力って習ったことあるだろ」とズボンのポケットから野球ボール大の黄色いゴムボールを取り出した。


「ああ、物理の授業で触れたことぐらいかな」


「ではお浚いついでに説明しよう。この世にある全ての物に力は関係していて、それらは切っても切り離せない関係にある。俺たちが居るこの空間にも様々な力が働いている。


俺が今持っているこのゴムボールを使って分かり易く言うならば、このようにギュッと強く握って物体が変形したり、あるいは転がして動く速度が変わったりするのはこのボールに力が働いているからで、当然何も力を加えなければ変形せず速度もゼロのまま。


だが、ボールが変形せずただ机の上で静止している時でも、ボールには重力という力が働いている。この地球上にある全ての物も然りだ。力の働きについて考えることによって物事の現象の根源を探ることが出来るというわけだ」


 東の説明を洸太はただじっと聞いていた。東は、教壇の下に隠してあった小道具がたくさん入っているダンボール箱を机の上に置いてから再び話し始める。


「ところで、力にはいくつか種類があるが、お前はいくつ答えられる?」


「えっと、重力、摩擦力、浮力、揚力……あと万有引力ぐらいかな」


「なるほど。今言ってくれた他にも束縛力や垂直抗力、張力、弾性力、静電気力、磁気力、引力、斥力などがあるんだ」

 

 と、箱に入っていた板や紐、水の入った水槽を用いてそれぞれの力がどんな風に働くのかを簡潔明瞭に説明した。生徒として東の授業を受けていた洸太も内容を理解したのか、説明を聞いている最中も小さく頷いていた。陽助が気を利かせて水の入ったグラスを二つ持ってきて東と洸太のそれぞれの机の上にそっと置いた。東は話を続ける。


「今説明したように力には様々な種類があって色々な名前があるが、そのどれもが元を辿れば重力と電磁気力の二種類の力に行き着く。ロープや糸を引っ張って張力が働く際に内部で発生する分子間力や弾性力も元は電磁気力で、摩擦力と浮力の元は重力だ。この二種類の力を様々な場面によって張力、摩擦力、浮力、弾性力などと名前を付けて呼ばれているわけだ。ここまでで何か分からないこととかある?」


「そういえば、筋肉にも力が働いてるっていうのを授業で習ったことがあったような気がする」洸太はグラスに入った水を一口飲んだ。


「確かにその通りだ。我々人間の体内では微弱の電気が常に流れている。脳内で発生した電気信号を神経細胞が腕の筋肉に伝達して、筋肉細胞を構成する分子同士が電気のやりとりを行うことで、その時その時の状況に合わせて筋肉を縮めたり伸ばしたりするといった動きを可能にしている。


例えば、今さっき陽助が水の入ったグラスを持ってきたのを目で見た時、『水の入ったグラスが来た』ということを微弱な電気信号として神経が脳へ伝達する。その次に、『水を飲め』という脳から発せられた電気信号を神経が手や足の筋肉に伝えれば、グラスを口のところまで持ってきて傾ければ水が飲めるというわけだ」


 そう解説した東は左手でグラスを持って説明した通りの動きをして水を飲むと思いきや、腕を横に伸ばして手首を捻って反転させた。


 グラスの口から水が零れ落ちて床を濡らす。東はその後、逆さに持っていたグラスをギュッと強く握って「パリンッ」という音を立てて割れてしまい、細かく砕けた破片が落ちて床に散乱した。

 

 東が突如理解不能な行動に出たことに洸太が分かり易く動揺して目を見張った。驚きのあまり、東と床に落ちていた欠片と水の塊を交互に見る。更に不思議なのが東の左手に傷一つ付いていないことだった。グラスの欠片は刃物のように鋭く、少し擦っただけでも血が出てしまう。


「血が出てない……」洸太がボソッと言う。東が取った謎の行動に何か意図がある筈だと思考を巡らせたが、理由が全く見出せなかった。


「ちなみに、筋肉に働く力の元は何か分かるかい?」東が手についているグラスの破片を拭き払いながら尋ねた。いかにも何事も無かったかのように冷静だった。東の落ち着いている様子を見て、洸太は目の前に起きた出来事に困惑している自分の方がおかしいと思えてきた。


「えっと……電気信号だから、電磁気力?」


「正解。筋肉に働く力の元が電磁気力だから、体を流れる電気の状態で体のコンディションを確認することが出来るということだ。その最たる例として脳波という脳から生じる電気活動を記録した図や、心臓の鼓動で発生する電気信号を読み取ってグラフの形に描く心電図がある。


脳波や心電図といったような図を検査等で見るようになったことで病気や体の具合を詳細に調べることが出来るので、脳医学や循環器学といった医療分野に大きく役立っている」


「そうなんだ。じゃあ、念力の元って何なの?」

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