第48話 新人教育
洸太は目を覚まし、起きて周りを見渡すとここは自分の部屋だということがパッと見て分かった。まさかあれだけ拒否した部屋で寝ることになるとは、と思いながら再び横になりぼーっと天井を見上げて東との勝負を回顧する。
あれからどれ程長い間意識を失っていたのか分からない。恐らく二、三日は寝ていたと思う。最後に覚えているのは東に念力で引き寄せられ、そして胸のあたりを殴られた直後に意識を失った。
通常の打撃とは違って体の内部まで大きなダメージを与える必殺技だったように思えた。もうとっくに痛みは消えているが、皮膚の内側まで刺し込んで来るあの感覚は強烈に覚えている。
そんな人を相手に戦ったところで叩きのめされるのは明々白々だったにも関わらず、それでも自分の運命を変えたいと抗って勝負に臨んだが結局敗北を喫して墓穴を掘る羽目になった。
これでもう言い逃れは出来ない。右手首には不審な行動を取ればスタンガンに相当する電流を放出するリストバンドを付けられている上に東との勝負に負けたとなれば、東と交わした条件を呑む他ない。
もとより反抗的な姿勢を示し、この施設を出て自由の身になりたいと異議を申し立てることも許されない。一切の行動を監視され、ネオテックの従順な兵士として与えられる命令を遵守して生活していくことになる。帰る家も社会的な立場を失った今ではこの道を選ぶ以外の選択肢は無かった。
この施設に来てからどれぐらいの日数が経ったのか見当もつかない。曜日はおろか時間の感覚すら分からなくなってきた。本当はこんなところで油を売っている場合じゃない。一刻も早く実の母親を探しに行かなければならないが、こうなってしまった以上もう身動きは取れない。
もしかしたらこのまま実母に会えず一生を終えてしまうだろう。なんとか打開策を講じるも、どうしても超えられない障壁が立ちはだかって全部悪い結末を迎えるだけだった。考えれば考える程、いっそのことこのまま目を覚まさなければ良かったのではないかとさえ思えてしまう。
そうやって物思いに耽っていると、勢いよくドアをノックする音が聞こえて我に返る。ガチャッとドアが開いて誰かが入ってきた。
「起きてたのか。なら何故電話に出ない。三回も鳴らしたんだぞ」と東が怒気を込めた言い方で言った。そう言われた洸太は壁に付いている固定電話を見て赤い点が点滅しているのが見えた。どうやらぼーっとしている間に固定電話が三回もなっていたことに気付かなかった。
「とにかくさっさと着替えろ」と催促され、渋々着替えて外で待つ東に付いていった。階段で地下一階まで降りて、廊下を真っすぐ歩くと会議室と書かれてあったドアの前で止まった。ガチャッとドアを開けて中に入る。
中にはホワイトボードが置いてあり、その前には椅子とテーブルがズラリと並んでいる。およそ会議室とは程遠い教室のようなインテリアとなっていて、まるでこれから授業を行いますといった雰囲気を醸し出していた。
東に促されて一番前のテーブルの椅子に座り、東はいつの間にかホワイトボードの前に立っている。ペンを握るその姿はさながら学校の先生のようだった。
「この部屋は」と言って部屋の周りを見渡して訊いた。
「毎日ただ起きて食べて寝ての繰り返しじゃさすがに退屈だろうから、まずこのネオテックエンタープライスがどういう会社でどんな研究を行っているのか。それを知ることで興味を持ってもらおうということになった。後で倉本社長に礼を言うんだな」
「そう」洸太はそっぽを向いて我関せずといった態度だった。東との勝負に敗北したとはいえ、まだ承服できない様子だった。
「何不貞腐れてんだ。そんなんじゃいつまで経っても状況は変わらないぞ。お前は俺との勝負に負けたんだからな。俺だって本当はこんなことしたくないんだよ。お前の事なんて一ミリも興味ないし、新人教育とかガラじゃないし。あいつのトレーニングに付き合ってるだけで精一杯だし。
けどな、社長命令だからこうして仕方なくお前の面倒を見てやってるんだ。だからいい加減幼稚な考え方を捨てて、自分の置かれている立場を自覚しろよ。あと俺、一応お前より年上だからな。少しはやる気と協調性を見せたらどうだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます