第47話 出来レース
東たち専用の更衣室へ行って普段着のツナギに着替えようとした時、陽助がふらっとやってきて「お疲れ」と声をかける。
「別に疲れてなんかない。この程度の事なんざ大したことないさ。準備運動にすらならないよ」
「相変わらず捻くれてんなー。こっちだってお前が本当に疲れてるだろうと気遣って挨拶してるわけじゃねえ。何カ月一緒にいると思ってんだよ」
「悪いな。向こうではそういう習慣がないからさ」陽助が苦言を呈すも、東は悪びれずに着替え始めた。
「そんなことより何だよ今のパンチ。必殺技みたいだな」
「あれは厳密に言えば、パンチではなく突きだ。鳩尾撃ち<みぞうち>って言って読んで字のごとく鳩尾を狙って掌の堅い部分を刺し込んで下から上へ突き上げるのさ」と自分の手を見せながら説明していった。
「すげえな。そんな技があったなんて。光山がそれを食らって倒れた時、一瞬マジで死んじまったのかと思ったけど」
「鳩尾は人間の急所の一つだからな。何かしらの打撃や衝撃が加えられた瞬間呼吸困難に陥ってしまう。光山の場合は猛烈な痛みによるショックで気絶したんだろう」
「何で今まで隠してたんだよ」
「そういう機会は今までなかったからなあ。滅多に使えるものでもないし。ただ今回は、あいつに対して心底腹が立ったから思い知らせてやるために使ったまでだ。もっと早い段階で使っても良かったけど、それだとデータが集められないだろ」
「データって?」
「光山の今の身体能力及び戦闘能力を確認するためのデータさ」
洸太の惨敗で終わった先程の勝負で敢えて洸太に好きなだけ攻撃させて自分はただいなすというハンデを設けたのは、研究者たちが洸太の身体能力を目視で実際にチェックして記録に残せるようにするため。そして二人の決闘と言う名のテストが長引けば長引くほどより多くデータを集めやすくなるということだった。
「なるほどな。確かに研究者たちがモニターで光山の動きにずっと釘付けだったからなあ。念力を発動した時なんか皆感極まってたし。まさかそれも見越してたっていうのか?」
「ああ。どうせやるならつまらない体力測定より実践を交えたテストの方があいつも本気を出せるんじゃないかってこの機会を作ったまでだ」
「でも光山もメンタルをズタズタにされて気の毒だな。自由になれる千載一遇のチャンスが到来したと思って期待したら実はとんだ出来レースだった挙句、ボコボコにされちまったからなあ。最早死んだ方がマシじゃないかって思えてくるよ」と陽助が洸太の精神状態を案じて言う。
「あいつに死ぬ度胸があるとは思えないがな。たとえあったとしても、超能力に目覚めた肉体ではナイフを刺したり毒薬を飲んだりしたぐらいではそう簡単に死ぬことは出来ないだろうし」
「お前さ、もう少しあいつの立場になって考えてみたらどうだ?」
「別に光山の事情や気持ちなんて知ったことではない。さっきの戦いだって、闘い方を工夫すれば勝てるチャンスはあったにも関わらず自分本位という考え方に囚われて視野を狭めたことが敗因に繋がった。ただそれだけだ。皆誰かのために毎日戦っている。望まない運命に翻弄され、必死にもがいている。苦しんでいるのはあいつだけじゃない。
だから『自分のことは自分で決める』なんて天邪鬼な戯言は口にせず、そろそろ自分の立場に気付いてほしかった。身を以て分からせれば否が応でも納得するだろうと思って全力で相手してやっただけさ。そこに嘘偽りや同情が生まれればテストの意味もなくなるし、それこそネオテックの方針に背くことになるだろ」ともっともらしい意見を述べる。いつの間にか着替えを終えていた。
「まあお前のその考え方は理解できるし、お蔭で充分データは取れたけど、にしても加減ってものがあるだろ。これであいつのメンタルが潰れてマジで死んでしまったらどうしてくれるんだよ」
「死にたければ勝手に死ねばいいさ。この程度で精神が参るようではこの先の戦いはおろか訓練にも付いていけないからな。クソみたいな人生を変えられるのは自分しかいない。
自分自身で目を覚ますしかないのさ。俺たちは、あいつが加入しようがしまいが関係なくトレーニングに励めばいいだけだ」あくまで自分の信念というものを貫くという強気の姿勢を妥協するつもりはないことを打ち明ける。
「お前はとにかくストイック過ぎるんだよ」
「フン、お前が緩過ぎるだけだ」と陽助の指摘に対して間を置かず反論した。その後二人は更衣室を出てそれぞれの部屋へ戻っていった。
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