第46話 決闘②

 洸太が一方的に休みなく攻撃して東がただ軽やかに躱すという状態が暫く続いた。ここまで幾度となくパンチや蹴りを繰り出したが、まだ一発も入れていない。慣れない運動に体力を大幅に消費してしまい、疲労も溜まって身体の動きが鈍くなってきた。殴りかかっては立ち止まって一息ついてまた突撃するということを繰り返すようになった。

 

 対して東は息切れ一つしておらず、いたって余裕な様子。退屈しているからかわざとらしく欠伸をしている。ここで洸太は、東は自分の攻撃を避けるだけ避けてそのうち体力が無くなって動けなくなるのを待っているのだと確信した。


「どうした、もう終わりか?」と東が挑発するように訊いた。二人の戦いを見ていた倉本たちの顔にもいよいよ呆れの色が見える。


「ぐっ……まだまだぁ!」と今の言葉で洸太は改めて闘志を燃やし、「ウオオオオオオ!」と声高らかに雄叫びを上げる。


 すると、洸太の感情の高ぶりに反応して部屋全体が震動し始めた。単なる肉弾戦だけでは埒が明かず、念力を使って打撃を与えるしかないと判断した。今のところ、激昂することでしか念力を発することができない。

 

 洸太の様子が急変したことに東の顔色が変わって、呆れかけていた倉本たちも研究者としての興味をそそられ、前のめりになって目を輝かせながら食い気味に見つめる。


「勝負あったな」


「そのようですね」

 

 倉本と秘書の二人もこの決闘が間も無く終わると見た。

 

 念力で拘束してから突進して打撃を加えるという手段は、見切られてしまう恐れがある上に、念力も体力をかなり消費してしまうため一度きりしか使えない技。東が見事に気を取られている隙に念力を打ち放って身体の自由を奪う。


 金縛りにあったかのように身体が動けなくなったが、いたって冷静だった。その間に洸太は全速力で走り出す。間合いを詰めて拳を前に突き出して殴ろうとしたその時、東も念力で洸太の身体を弾き飛ばした。

 

 勢いよく飛んでいった洸太の身体はそのまま壁に激突して落下する。一瞬何が起こったのか見当も付かず、あと一歩で顔に触れられると思っていたが気付けば東との距離が随分開いてしまった。


 そしていつの間にか念力による拘束も解除されている。手足を使えなくすれば念力を放出できないだろうという先入観に囚われていた。それが原因でこうして煽られて壁にぶつかり、その衝撃で背中を強打した上に体力も底を突いてしまったため立つこともろくに出来ないという窮地に陥ってしまった。

 

 あらゆる手段は尽くしたつもりだ。もう打つ手は無い。身体能力や念力もスタミナも何もかも東の方が凌駕している。一発でも当てられることが出来れば勝ちというのは、一見すると対等な勝負で東を打ち負かすよりも遥かにハードルが低く、これなら自分にも勝てる見込みがあるのではないかと期待してしまう程の簡単なものであると思っていたが、いざやってみると非常に難しかった。

 

 そもそもこの勝負を受けたこと自体が無謀なことだった。これではまるで、勝負とは名ばかりの東の遊び相手でしかない。最初から解放する気などさらさら無かったのだということを知り、口車に乗ってしまった自分の考えの浅はかさに怒りを覚える。


 ひとまず体勢を立て直してから打開策を捻り出そうとしたその時、東が右手を突き出して人差し指で「来い」動作をしてみせる。


「よし、もういいだろう」すると、洸太の身体が勢いよく引き寄せられていった。これまで守りの姿勢を貫いてきた東がここにきて初めて攻めの姿勢に出る。引き寄せられるときに見えた東の顔は、先ほどまでの退屈そうな表情と全く違っていてとても真剣で殺気立ってすらいた。


 東は漸く本領を発揮して迎え撃つつもりなのだと洸太は心の中で悟ったが、念力で身動きが取れないためどうしようもなかった。

 

 東が腰を低くして右手を開いた状態で下に降ろして構えていると、洸太の身体が目前まで引き寄せられた瞬間に「ふんっ」と発して左足を地面に強く踏み込んで掌底を洸太の鳩尾にナイフを刺し込むように打ち込む。


 ドスッという音が辺りに響いてあまりの激痛に悶絶し、そのショックで意識を失った。東はボクシングのアッパーカットのように上へ強く突き上げてそのまま押し出し、洸太の身体が弾丸のように一直線に飛んでまた壁に激突して倒れ込む。その後は力なく伸びたままで再び起き上る気配は無かった。


「なかなかの戦いぶりだったよ、光山。自分の狂った運命に抗おうとする気持ちが十分伝わった。と言っても、意識ないから聞いてないか」と言い残し、清々しい顔でトレーニングルームを後にする。当然ながらこの勝負は東の圧倒的な勝利で終結した。出ていった東と入れ違いで入ってきた、防護服に身を包んだ医療スタッフによって洸太は担架に乗せられて処置室まで運ばれていった。


「なかなか見物でしたね」と附田がにやけて感想を述べる。


「はぁ、本来であればもっと正当な形で勧誘したかったのだが。この敗北で彼の精神が潰れてしまわないか心配でならない」と倉本が肩を落として残念そうに漏らした。


「お言葉ですが、時として過程ではなく結果が重要な場合もあるかと考えます。確かに不本意な形で光山洸汰を引き入れることになりましたが、ここで過酷な訓練を受けて肉体と精神が鍛えられ、東や陽助のような強靭な肉体を持った立派な戦士になるというのは彼にとっても相当大きなメリットになる筈です。そうですよね、綾川さん」


「はい。先ずは身体検査から行い、どこにも異常が無いと判断された場合直ちに訓練プログラムを実施する予定です」


「彼にとって険しい道のりになるが致し方ない。信じるしかなさそうだな」と倉本が不安そうな表情を浮かべながら言った。

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