第45話 決闘①

 それから二人は地下四階にある多目的トレーニングルームへ向かい、更衣室で事前に渡された訓練用ユニフォームに着替えていた。綾川が主導で製造した特製のトレーニング用のユニフォームで、黒色でそれぞれの体型にフィットするように作られており、身体のラインがくっきり強調される。激しい動作でも強度が落ちないように幾つもの化学繊維を配合されている。


 これにより、優れた伸縮性もさることながら、打撃といった物理的な衝撃にも耐えられるようになっているため、実戦用スーツのプロトタイプとして研究開発を進めているという。つまりこの勝負は、スーツの耐久力及び強度を確認するための重要なテストとなる。

 

 着替えた二人は、開いた扉から部屋の中へ入っていった。部屋の中は灰色の壁に覆われていて、入って左側の壁に強化ガラスで出来た長方形の窓があり、その向こう側には陽助や研究開発部主任の綾川といったネオテックの職員たちが見ていた。皆この勝負の行方が気になって見物に来ている。


「お疲れ様です」と陽助がドアを開けて現れた社長の倉本と秘書の附田に向かって礼儀正しくお辞儀をして挨拶した。


「一体何の騒ぎだ」


「今から二人の決闘が始まろうとしているところですよ」倉本に訊ねられた陽助が答える。


「どのような経緯を経てそうなったんだ」


「光山の奴がここを出たがっていたらしく、そんなに従えないのなら俺に勝ってからにしろと東が言ってこの決闘が成立したようです」


「彼が、この間確保した少年か」


「はい。名前は光山洸太です」


「なるほど。彼に売られた喧嘩を買い、そして懲らしめるために東が躾を施そうとしているのか」


「まあそんなところですね」


「そういえば、二人を確保しろと頼んだ筈だが、もう一人の少年はどうした」


「東の話によれば、確保できたのは光山洸太一人だけでした。もう一人は川に落下し、その後の行方が分からないそうです」と秘書の附田が質問に答える。


「そうか、それは誠に残念だったな」答えを聞いた倉本がガラス窓の向こう側へ向き直った。

 

 洸太と東は互いに向き合って睨んでいる。今にも戦いが始まってもおかしくない程の緊張感が張り詰めている。


「俺に一発でも打撃を与えられたらお前の勝ちってことでどうだ。単純明快だろ」


「ねえ、本当に戦わないといけないの?」皆の注目を集めている中でのそのプレッシャーに押し潰されそうになってふと聞いた。


「何だ。ここに来て今更びくついたか」


「べ、別にそういうわけじゃ……」と反射的に否定したが、今の反応で図星と捉えられてしまっただろうと思いそれ以上口を噤んだ。


「自分の運命は自分で決めるんだろう? ならば俺という壁さえも超えられる筈だ。それに俺は、お前の攻撃を一切防いだりしない。ただ避け続けるだけだ。これ以上ない最高のハンデだと思うけどな」


「……分かったよ」東から提示された洸太にとって非常に有利な条件を渋々飲むことになった。


≪さっさとこいつに勝って、ここを出て本当のお母さんを探しに行く!≫


 と心の中で意気込んだものの、目の前にいる東は堂々とした様子で仁王立ちしている。思えば東がこの部屋に入った瞬間から雰囲気がガラッと変わって一層鋭くなったように感じる。


 入室時あるいはこの専用スーツに着替えたときに自分の中にあるスイッチで戦闘モードに切り替えたのかもしれない。まるでいかにも自分なんて取るに足らない、いつでも捻り潰せる雑魚を見るような目で見下されているような気がした。

 

 数日前に城崎たちに集団暴行を受けた時や里親が鬼のような形相で折檻をしてくる時とは違う、完全に殺意を剥き出しにしている。本気で殺される。その迫力に圧されて背筋に何か冷たいものが這い上がってくるようなゾクッとする感覚を覚え委縮してしまった。

 

 闘争か逃走か。闘って抗えと檄を飛ばしてくる理性と戦ったらひとたまりもないと訴えてくる本能が心の中でぶつかり鬩ぎ合う。その上、東の案内を拒絶して揉めたときに東と自分とでは雲泥の差があるのだということを肌で感じ取り、尚更戦うのが怖い。敗北は誰が見ても明らかだった。


「何してる。早く来いよ」東のその一言に背中を押されて走り出した。果たしてこんな自分がそんな彼に勝てる見込みなんてあるのかどうか不安しか感じないが、他に道は無い。しかし、いずれにせよいつまでもウジウジしていては現状が変わる訳もない。とにかくまずやってみよう。そう自分を奮い立たせて東との真剣勝負に臨むことにした。

 

 東が提案したルール通り、彼の身体に一発でも当てれば何でもいい。たったの一発だけ。格闘技どころか喧嘩すら経験が全く無いど素人だったためどう戦えば良いのか分からないが、下手な鉄砲も数撃てば当たるという諺に則ってがむしゃらに攻撃するしかない。

 

 そう思ってひたすら殴りかかるも、東は容易くそして華麗にいなすばかりで当てることができなかった。隙を見て蹴りも入れてみたが関節が硬いのか中々届かない。おまけに戦い方も知らないため、繰り出す一つ一つの動作が幼稚に見えた。


 その様子はまるで、自分なりに反抗する子供とそれを面白がってじゃれ合う大人のようなものだった。

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