第44話 お尋ね者③
これ以上話しても右から左へ素通りしていくだけ。昨日の今日だ。状況がまだ飲みこめず精神状態が安定していない。
ここは一人にしておくべきだと考えた東がカードキーを渡そうとしたその時、洸太が差し出した東の手を勢いよく振り払い、衝撃でカードキーが東の手から離れて壁に激突して床に落ちた。
「もう、うんざりなんだよぉ!」と感情的になって叫び、やぶれかぶれになってありったけの念力を打ち出そうとした。
これにはさすがの東も堪忍袋の緒が切れて反射的に洸太の顔を殴りつける。洸太はパンチを受けて怯んだ直後に身体が物凄い勢いで後ろへ飛んで壁に激突した。
そして何故か両手が意志に反して交差し首を絞める。それは無論東の念力操作によるもので、冷静に念力を使ってお仕置きをするという行動に出た。
「お前何様のつもりだ! 折角こっちが優しく丁寧に分かり易く案内してやってるっていうのに何だそのふざけた態度は!」と東が逆上して念力を強めた。洸太、反論はおろか息もろく出来ず苦しそうにしている。
「いい気になりやがって。そうやって駄々をこねればお前の意見が通るとでも思ったか? やけくそも良いところだぞ。お前に合わせてくれるほど周りは甘くねえんだよ!」と言い放って前に突き出している手で飛んでいる虫を振り払う動作をし、洸太を横に遠くへ飛ばした。
身体が弧を描いて飛んだ後、床を数回転んで止まった。起き上ろうとした時に東が近づいて来て、前髪を鷲掴みにされてそのまま頭を壁に強引に叩きつけられる。力の差を見せつけられて不覚にも腰を抜かしてしまった。
「お前の身柄はネオテックで預かることになっている。脱走のリスクを回避するためにリストバンドを付けさせてもらった上に、行動を二十四時間監視下に置かれるといった軟禁状態になるが、その代わり住む部屋も提供され、安全も約束される。これ以上何を求めるんだ?」と落ち着いた口調で話した。
先ほどよりは冷静さを取り戻しているようだった。それでも洸太は反抗的な眼差しを向ける。
「じょ、冗談じゃない……そんなこと言われたところで、おいそれと受け入れられる訳ないだろ。とにかく、帰らせてもらうぞ」
「自分を手に掛けようとした里親のところにか?」
「えっ?」
「お前が怒りの感情に任せて衝動的に発動した念力で里親は煽られて天井に頭を強く打って意識不明の重体だ。その後都内の市民病院に搬送された今でも昏睡状態に陥っていて当分意識が戻ることは無い。
お前をリンチした不良どもも血眼になって探し回っているだろう。警察もお前を重要参考人として既に捜査を始めている。お前はもうお尋ね者なんだよ」外で起きている状況を説明していき、洸太は東の話にただ耳を傾けていた。
「昨日のお前のその様子から察するに、里親に本当のことを聞かされて何も信じられなくなり、そのショックで念力が暴発。気が付いたら里親は倒れていて、その様子を目にして何が何だか分からなくなって気が動転して逃げ出したんだろう」
東の言葉を聞いて洸太はここに来る前の出来事を思い返すとともに、自分を取り巻く状況を漸く理解し、自身が招いた事態の深刻さにただただ絶句していた。
「言った筈だ。超能力が目覚めてしまった以上、もう元の日常には戻れないってな。いずれ自分でコントロール出来なくなって暴走するだけだ。だからお前は我々とともにここで特訓していくしか無い。
百歩譲ってここを出て自由の身となり、警察や不良集団から上手く逃げ切って全く知らない土地で全く知らない人々に囲まれて第二の人生を送ろうとしても、超常的な力を解放してしまったお前の身体では、今まで通りの日常生活を送るのは不可能だ。
またいつ暴発するか分からないその力に一生怯えながら身を隠して、あらゆる脅威から逃げ惑いながら生きていくことになるんだぞ」
と自分の顔を近づけ、真剣な眼差しを向けて響かせるように断言する。この施設から一歩外に出れば待ち受けるのは想像を絶するほどの過酷な人生だ。それを受けても尚、東に洸太も負けじと鋭い目つきで睨んで反抗的な姿勢を示す。
「何だその目は。文句があるなら言ってみろよ」
「それでも僕は……平凡な暮らしを願うただの一般の人間だ。自分の運命は自分で決める!」と、東の圧力にたじろぐも、勇気を振り絞って自分の本音を吐き出した。
「そうか。そんなにここから出たいというのなら、許可してやる」洸太の頑固さに東もいよいよ折れて譲ることにした。これ程までに固い決意を表明されたらさすがの東も懲りたようだ。
「ほ、本当に!?」その言葉を聞いた洸太の瞳がキラキラと輝き、ここを出て自由の身になれるという希望が湧いてきたてつい白い歯を見せた。
「ただし、俺との勝負に勝ってからな」
「えっ」
≪俺とこいつとの力の差を見せつけて、完膚なきまでに捻じ伏せてやる≫
東は心の中で洸太への怒りを滾らせていた。
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