第43話 お尋ね者②

「その様子だとあまり眠れなかったようだね」東が歩きながら後ろにいる洸太に言った。


「うん、まあ」と急に聞かれたので驚いたものの、素っ気なく答える。


「服のサイズはどうだい?」


「ああ、ピッタリだよ」


「良かった。身長を測ってぴったり合うサイズが丁度あったのさ。基本的にはトレーニング以外はそれを着て過ごしてもらうからな。ポケットが多くて便利だろ」と言って、洸太は自分が今着ているツナギの艶や色合いを確認しながら見ていった。前を歩いている東のツナギを見てみると、若干傷んできているように見える。


 ふと、右手首に付けられているリストバンドを見た。悪い夢なら今すぐ醒めてくれと願ったが、生憎これは夢でなく現実に起きているのだと再認識して思わず肩を落としてしまう。

 

 角を曲がって暫く歩いて右側にドアが見えてきて二人はその前に止まった。東がポケットから部屋のカードキーを取り出して刺し込み、ドアを開けて入った。


 中は広々としたワンルームタイプの部屋となっていて、手前にはトイレとシャワールーム。その奥にはベッドと机が置いてある他、壁には電話が取り付けられており、シンプルなインテリアとなっている。


「俺や陽助の部屋と同じだな。まあ、適合者だからそりゃそうか」と腰に手を当てながら部屋の中を見渡して言った。自分の部屋と変わっている部分は無いと確認し、洸太の姿が見当たらないなと思って玄関を振り返ると、ドアの前でただ立ち尽くしている。


「どうした。元気ないじゃないか」と尋ねるも、洸太は俯いたままで質問に答えようともしない。

 

 精気が無いのも無理もなかった。これから先、この右手首に装着されているリストバンドに気を配って生活しなければならないと思うと気が引けてしまう。変に思われるような怪しい行動を取らない限り作動して電流を発することは無い。

 

 これではまるで里親が行っていたGPSによる監視と全く同じで、単にリストバンドにやり方を置き換えただけだった。折角里親から解放されて自由の身になったと思ったのに、結局居たくもないところに無理矢理入れられて強制的に命令に従わなければならないなんて。


 それでもここにいる人間たちは可哀想だなんて一ミリも思ってはくれないだろう。これほど自分の運命を呪ったことは無い。


「部屋が気に入らないのか。確かに狭い気がするけど、一般的なワンルームよりは広い造りになっているからやり方次第でそれなりに快適に過ごせると思うよ」と洸太の態度にムッとするも、それでも怒ることなく心情に寄り添うように言う。


「それとも初めて来る場所だから迷うのが怖いのか。まあ、この施設は広いし、初めての人にとってはダンジョンみたいなところだからなあ。でも心配するな。そのうち慣れるさ。暇があれば是非探検してみると良いよ。もし何か困ったことがあったら何でも聞いてくれ。


俺もここに来てからまだ半年しか経っていないが施設のことはある程度知っているつもりだし、無論俺だけでなく陽助に聞いても良いからさ」と言い終えて反応を窺ったが、それでも洸太は黙ったままだった。よく見ると両手の拳を強く握っている。

 

 人間は一人では生きていけない。人間として生きている限り誰かと支え合って協力しながら生きていく。共同体感覚を持つことで組織や社会に属して役割を果たし、感謝されて人に貢献する。そうすることでお互いの興味関心が高まり、自分の個性が受容され、最終的に自分への勇気付けに繋がる。

 

 ところが今回の場合、この得体の知らない組織に属してこれから行われる様々な実験のモルモットになることが一体どういう風に社会貢献へと繋がるのかは理解できそうにない。


≪抗えよ!≫

 

 あの時雅人に言われたあの言葉がふと脳裏に浮かんだ。城崎や平沼達に集団暴行を受けた時と同じようにこの言葉に気付かされた。


 この現状から抜け出すには、やはり抗うしかない。

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