第37話 結託①
目が覚めると、自分はベッドの上にいることに気付く。ベッドの近くで古びたソファに座って本を読んでいる一人の男がいた。起きたのに分かったのか、雅人に視線を移した。
「岡部……?」
「やっと目を覚ましたか。随分魘されていたぞ。一体何の夢を見ていたんだ?」興味津々に訊いてくる浩紀に対し、雅人はただ目を瞬かせており、言葉が出なかった。
「たまたま近くを通りかかったら、君が川岸で倒れていたからすぐに運んで応急措置を施したんだ。とにかく助かって良かったよ」
「ここは……お前の家、じゃなさそうだけど」あたりを見渡しながら言う。至るところに焼け痕があって黒ずんでおり、がペンキも剥がれ落ち、経年劣化で罅が入っていた。
「この廃病院、昔は診療所として使われていたらしいけど、土砂崩れで大量の土砂に埋もれてしまったんだ。取り壊しも検討されたが穢れに触れたのか男や女の叫び声が聞こえたり、工事関係者の人が病気や事故にあったりと様々な不幸が相次いで結局この病院だけ残す形になったんだ。最近では白い服を着た男の霊を見たという報告もあるらしい。その信憑性の高さから今年の最恐心霊スポット第一位に選ばれたんだって」
「し、心霊スポット……?」それを聞いて分かり易く背中に悪寒が走るのを覚えた。
「違法ともいえる治療や人体実験で何人もの患者が命を落としたっていう噂があってね。成仏されずに今もこの病院を彷徨っているだろう。でも心配しないで。僕がここに来てから数週間経つけど、特にそういった不可思議な超常現象は一つも起きてないから。誰も寄り付かないし、隠れ家としてお誂え向きかなと思って。ところで体調はどう?」
「何とか……あれ、確か頭をバットで殴られて……」
「うん? お前を見つけたときは体のどこにも傷は無かったぞ。頭痛いのか?」
「少しだけ」
「熱はあるか? 怠いと感じるかい? フラフラするとか」
「いや特にそういうのは……」
「視線も定まっているし顔色も良くなっている。なら大丈夫だ。念のため安静にしていろ。その具合だと、明日ぐらいには完治しているだろう。元気になったら近くの町まで案内するよ。山道はちょっと険しいけど、僕が上り下りによく使っているルートで行けば麓に着ける」
「分かった……」
「また、あいつらの仕業か」とタオルを絞りながら聞いて、雅人はこくりと頷く。
「光山もあいつらに加担していた。俺を渓谷に呼び出してそれで囲まれて」
「あいつもお前に暴力を振るったのか?」
「俺を騙したことへの後ろめたさで止めに入ったけど、結局腰を抜かして逃げてったよ」と呆れた様子で答える。
「だったら、得意の念力を使えばあいつらを蹴散らせたのに」
「俺が念力を使っている動画をネットに流す、と脅されてそれに動揺して反撃に出れなかった……あの動画を通じて俺の正体がお母さんにバレたらと肝を冷やしてしまって」
「お母さんをダシに使われて成す術が無かったんだな……こうなってしまったのも俺の所為だ。すまない」
「謝らなくていいよ。そんなことより、今までどこで何してたのさ。失踪したと聞いて驚いたよ。何日経っても見つからないからもう手遅れかと思って……」
「そこまで気にかけてくれてたんだ。心配かけてしまったんだね……僕の父さんを殺して、これでやっとあいつらのいじめも収まるだろうと期待していたけど、少しも良くはならなかった。
僕が父親を殺したという事実が明るみに出たことでいじめも以前よりエスカレートして、周囲からは常に冷たい視線を浴びせられた挙句、言い知れぬ恐怖に脅かされて怖くなって家を飛び出して途方に暮れた。
目に映る全ての人間が俺に敵意を向けているように見えた。人とすれ違う時も目を合わせないようにした。人間が、どうしようもないくらい怖くて仕方が無かった。常に恐怖が付きまとっているように感じてろくに休みも取らず、ご飯を食べずにひたすら歩き続けたよ。
それでも空腹には勝てなくて、かと言って一文無しでご飯も買えず、空腹を満たすために道端の草を食べる日が何日も続いた。
そんなある日、僕はとある道路沿いに小さく迫り出した岬に行き着いた。そして直感したんだ。ここは僕の人生の幕を閉じる終着地点だって。この世に居場所と生きる希望を失くしてしまった僕は、自らの命を終わらせることでやっと苦しみから自由になれると思った。だけど……」
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