第36話 <回想>九月三十日

 その日は酷い雨だった。お父さんのことが心配になった雅人は傘を持って出かけた。夜が深まるにつれて雨も激しくなる。

 

 高架下のトンネルで二人の人影が向かい合っているのが目に入ったので、恐る恐る近づいて様子を見る。急いでいるため出来れば面倒事には巻き込まれたくないと思い迂回も考えたが、このトンネルを通らなければ遠回りすることになるためいつでも戦闘を始められるように身構えて通ることにした。

 

 状況が大分分かってきた。雅人は更に近づいて目撃する。中年男性が雅人のお父さんであり、そして若い男がお父さんの腹にナイフを刺していたところを。お父さんは運悪くオヤジ狩りに遭ってしまい、その場に座り込んだ状態で亡くなっていた。


 犯人と思われる男が雅人の方を向いて突然「そうだ、俺が殺した!」と叫び、反対側へ全速力で逃走した。凄まじい速さで走っていく男に対して雅人は「待て!」と叫んで怒りを露わにし、お父さんをナイフで刺した男を必死に追いかける。

 

 雨は激しく降りしきる中でも追撃の足を止めない。交差点に差し掛かったところで、男は赤信号にもかかわらず道路の真ん中に飛び出した。そして男は一心不乱に逃げてきたため信号を見逃してしまい、横から走って来た軽トラックにあえなく轢かれてしまう。

 

 それを受けて雅人は膝を崩して茫然自失する。父親を救えなかったことに加え、その父親を殺した犯人を取り逃がした挙句轢死して自らの手で裁けなかったこと。自身の無力さを痛感するとともにあまりの歯がゆさとやり場のない怒りがこみ上げ、天を仰いで叫んだ。

 

 追いかけたとき、雅人は何となく分かっている気がした。あの男が犯人じゃないってことを。ただ止めて捕まえて問い質したかっただけだった。どうして咄嗟にあんな嘘を吐いて逃げたのかと。だから雅人は必至に追いかけた。

 

 そして直感的に感じた。あの時遠くの茂みに隠れて事の一部始終を見ている男の気配が。雅人は後ろを向いて仄暗い闇に目を凝らす。だがもう逃げてしまったのだろうか、気配は既に消えていた。

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