第35話 抵抗と決別③

 そう思い立ったものの、手掛かりも無ければ探す手立ても無い。どうやって探すかと考えたときに、里親がふいに口にしたあやめの家という児童養護施設の名前を思い出した。目的地は決まった。一旦止まって元来た道をまた走って戻っていく。


 ここまで来るのに随分紆余曲折してきただろうと振り返った。スピードを維持したままいくつか角を曲がり、次の角を曲がろうとした時にまるでトランポリンにでもぶつかったかのように、勢いよく後ろに弾かれて尻もちを着いてしまう。


「痛ぇな、ちゃんと前見て走れ……って、あれ?」


「あっ!」とつい声が漏れた。


「おぉ、光山じゃないか! まさかこんなところで再会出来るとは思わなかったよ。丁度君を探していたところだったんだ」と立ち上がった平沼が嬉しそうに言う。

背中に悪寒が走った。先ほどまで渓谷で幼馴染に手を掛けたクラスメイトが今、目の前にいる。


「日向の次は……僕なのか?」


「察しが良いね。まあ、俺のあの姿を偶然見てしまった君には気の毒だけど」

持っている金属バットをわざとらしく見せつける城崎。バットのヘッドが少し凹んでいた。雅人の頭を勢いよく打って殺したのだろうと推した。


≪抗えよ!≫


 公園で口論して仲違いした雅人に言われた一言がパッと浮かんだ。この圧倒的不利な状況で何故この言葉が浮かんできたのか自分でもよく分からなかった。


≪そうだ、抗うんだ。僕はこんなところで死ぬわけにはいかない。僕は母親に会わなくちゃならない。そのためにも眼前の脅威を恐れてはいけない!≫


 この言葉を脳内で無意識に反芻しているうちに勇気が段々込み上がって来る。


「ここだと人目に付きやすいから場所を変えようか。それともさっきと同じ場所が良い?」と城崎が一歩前に出て洸太に訊ねた。


「嫌だ」


「あぁ? 俺たちに楯突こうってのか」と隣で聞いていた平沼が腹を立てて返事を促す。


「し、死にたくない……」


「残念ながらその願いは聞き入れそうにないよ。さあ、行こうか」


「僕は、お前らなんかに屈しない!」と腕を無理矢理引っ張っていこうとする城崎に洸太は強烈な頭突きをお見舞いする。


「うっ!」

 

 まさに窮鼠猫を噛むという状況だった。城崎が悶絶して怯んだ隙に一目散に逃げようと目論んだが、平沼達に突き倒されて強く押さえつけられてしまう。


「城崎、大丈夫か!?」と洸太の頭を地面に押さえつけながら平沼が心配そうに聞く。


「ああ、何ともない。こいつ、よくも俺の顔を!」と興奮気味に言った途端に平沼を退かして洸太を立ち上がらせるやいなや、顔を何度も殴ったり、腹部に膝蹴りを入れたりした。


 一通り暴行を加えて突き飛ばした後、倒れた洸太に追い打ちをかけるように「やっちまえ!」と叫んで仲間に呼びかけた。それを合図に城崎や平沼達も便乗して無抵抗な洸太を蹴り上げ、バットで胴体や背中を一思いに打って袋叩きにする。


「ハァ、こいつ、もう死んだんじゃね?」と体中に傷を負って伸びている洸太を見て訊いた。


「いやまだだ。微かに息はある。もう頭に来たぞ。場所を移したいけど手間暇かかるからここで殺っちゃうか」


「僕は……お母さんにっ、会うんだっ!」と声を絞り出すように言う。


「じゃあな。あの世で日向と仲良くやってくれ」と城崎がバットを振り降ろそうとしたその瞬間、突然人影が降りてきて目にも留まらぬ速さで手を突き出し、バットを受け止めた。


「いじめにしてはやり過ぎだろ」と陽助が涼し気な表情で言う。


「誰だお前」


「ただの通りすがりだよ」


「関係ない奴はすっこんでろ!」


「そうはいかないなあ」物陰から東が颯爽と現れる。


「たまたま近くを通っていたら、全く無抵抗な人間を君らがこれでもかっていうぐらいの暴行を加えているところを見ちゃって。赤の他人とはいえ、看過できないし一部始終を録画しちゃった」


 スマホで録画した映像を城崎達にこれ見よがしに見せつけ、その映像の中身を見た城崎たちは開いた口が塞がらなかった。


「これは正しく集団リンチだねぇ。この動画、どうして欲しい? 近くに交番があるから集団暴行の証拠として見せに行こうかな」


「さあどうする」


「フン、そうする前にお前からスマホを奪うだけだ」と、平沼が持っていたバットを勢いよく振ったが、手でいとも簡単に受け止められてしまった。


「どうやら、痛い目に遭わないと分からないみたいだね」掴んだバットを握り潰してみせると、平沼の股間を一思いに蹴り上げる。その瞬間、平沼は白目をむいて気を失ってその場で倒れ込む。


「これで勘弁してやる。さっさと失せろ」その言葉に恐れ戦いた城崎たちは急所をやられて気絶した平沼を抱えてそそくさと退散した。


「ヘッ、ハイエナどもめ。で、こいつが例の男子高校生か?」


「ああ、連れて行くぞ」


「それにしても酷ぇなあ。生きてんだろうな」と意識不明の重体だった洸太を見て聞く。


「こんなところで死んでもらっては困る。さっさと帰還して手当てしよう」

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