第34話 抵抗と決別②
「何度も自殺をしようって考えたんだけど、まだ希望が残ってるんじゃないかと思って前向きに生きることにしたの。そう、養子を貰い私の夢を託すこと。養子に自分の全てを注いだ方が良いだろうって思った。
そしたらたまたま家の近くにあるあやめの家という児童養護施設の職員があんたを是非引き取って欲しいと頼まれて渋々引き取って育てることにした。素質のあるあんたなら私の果たせなかった夢を叶えられるんじゃないかってね」
「そんな……」胸が張り裂けるような思いをしている洸太をよそに母親が包丁を静かに取り出す。
「僕は光山じゃない……じゃあ、本当の苗字は?」
「知らないよそんなこと。あんたを引き取った時にその職員は何も教えてくれなかったんだから。あまつさえあんたは私の理想通りの子供に成長しなかった。それどころか、勉強をサボって遊び呆けて迷惑をかけ続けるただの悪童に育ってしまった。折角あんたを憐れんで仕方なく私の苗字にしてあげたのに、全く骨折り損ね。だから全国模試の点数も悪いのよ!」
「全国模試……?」
すると、母親がポケットから白いボールのようなものを取り出してかなぐり捨てるように洸太に向けて投げつけて、顔に当たった後に床に落ちて転がった。拾って中身を開いて見てみたところ、ぐしゃぐしゃに丸めて捨てた筈の全国模試の結果が記載されていた。きっと城崎が部屋のごみ箱から拾って差し向けたものだろうと察した。
「これ……」
「言ったよね、失望させないでって」
あまりの衝撃に首を垂れてしまい、全身から力が抜けて模試の結果の用紙を離してしまう。用紙が空中をヒラヒラ漂いながら落ちていき、床に着いた。胸をとことん抉られ、圧し潰されそうだった。もう何もかもお仕舞いだというような表情を浮かべている。
「やっぱり僕のことを道具としか思ってなかったんだね……何が聖央大だよ。結局自分の果たせなかった夢を僕に押し付けてるだけじゃん。先生の言う通り、もう疲れたよ……」と開き直って今まで溜めてきた鬱憤をしきりにぶつけた。
「そうよ。そのためにあんたを幼少期からちゃんと躾を施して育てたのに……全く、どうしてあの職員はこんな出来損ないのクズを寄越してきたのかな。どうせなら、もっと出来の良い子が欲しかった。
もう私にはあんたの考えていることが分からない。もしかしたら、私を狂わせているのは私の体内に潜伏している癌細胞ではなくあんたなんじゃないかと思えてならないの」
「だったら、何で今まで僕を本当の息子として接してこの家に住まわせ続けたの? 縁を切ってさっさと家から追い出せばそれで良かったのに!」と心臓の脈動が速くなっていく。
「縁を切る? 冗談言わないで。そんなことで済む問題ではないのがまだ分からないの? 私はあんたを殺す理由が欲しかった。そのために今まで生かしてきただけだから」
「じゃあ、僕は……」
「私の理想通りにならなかったからこんなことになったの。きっと実の母親も、あんたみたいな育てる価値の無いクズを産み落として酷く後悔しただろうね。だから児童養護施設に預けたのよ!」
「やめてくれ……」今度はテーブルだけでなく、身の回りにあるあらゆるものまでカタカタと小刻みに振動し始めた。
「この落とし前をしっかりつけて貰うから。この恥晒しが。私の人生を返しなさいよ!」と母親が包丁を振り下ろそうとした瞬間、
「やめろおぉおおおおおおおおおおお!」
感情を抑えきれずに叫んだ。洸太の感情の爆発に応えるかのように衝撃波が炸裂し、自分を中心に小物からテーブルまで大小さまざまな物が同時に勢いよく吹き飛び、窓ガラスも音を立てて粉々に割れてしまった。
何が起こったのかよく分からない。気が付くと大小様々な物が無秩序に散乱していて、母親は煽られた勢いで天井に後頭部を強く打ち付け、叩き付けられるように落下してそのまま気絶していた。その母親の姿を見て初めて、自分の所為でこの惨状を引き起こしたことを自覚する。
両手が震えている。急に気分が悪くなって目眩がした。それと同時に内臓が疼くような気味悪い感覚を覚えて、あまりの気持ち悪さに耐えられず、お酒を飲みすぎて酔いがピークに達した酔っ払いのように両手を床に付いて吐いた。
ドボドボと吐き出されたのは胃の内容物ではなく血だった。床に両手をついて低い唸り声を上げながら大量の血反吐を吐き、夥しい量の赤黒い液体が床を赤く染めていく。
床に飛び散った鏡の破片に自分の姿が映っているのに気付いた。小さい破片に映る醜い自分に激しい嫌悪感を覚えてしまい、居ても立っても居られず逃げるように家を飛び出していった。
出ていったものの、行く当てなどどこにも無かった。ただただ夜道を無我夢中で走り抜ける。本性を現したクラスメイト。そのクラスメイトに殺された幼馴染。抑圧的で支配的な母に対する初めての反抗。そして突如目覚めた特殊な力。一言では説明が付かない出来事が次々と起こる現実からとにかく逃げたかった。
知らぬ間におどろおどろしい存在になっていく自分が怖くてこのまま消え入りたい。「これは夢だ」と暗示をかけるように自分に言い続けながら一心不乱に走っていく。
≪僕は何のために生まれたんだ? それが分からなければこの先生きていても仕方がない。生きる屍だ。今まで僕は、里親という偽りの親に自分の都合の良いように育てられてきた≫
≪母親……≫
この一言が洸太の頭から離れられなくなった。
≪本当の母親に会いたい。僕を産んでくれた実の母親に会えば、僕の存在理由を知る第一歩になる。僕は自分の母親に会いに行く!≫
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