第33話 抵抗と決別①

 下山して自宅へ帰る途中、道路の向かい側から自転車を漕いでいた同じ学校に通う二人のクラスメイトと鉢合わせした。彼らも洸太と同じく二軍に分類されていて直接の絡みはほとんどない。


「あっ、光山じゃん」一人のクラスメイトが指差して呼び止めると、「今までどこにいたんだよ。皆お前のこと探してたぞ、色んな意味で」ともう一人のクラスメイトが興奮気味にそう告げた。


「色んな意味?」


「動画見てないの? ネットで拡散されてるよ」


 しまった、と頭の中でそう呟いた。スマートフォンは図書館に置いてきたままで、それも急いで取りに行かないといけなかったことに今更気付く。

 

 クラスメイトが興奮気味に携帯を取り出して話題になっている動画を洸太に見せた。それは、以前洸太が電柱を無作為に倒してしまったときの防犯カメラの映像で、それを見て洸太は目を疑う。まさかこんなにはっきり映っていたなんて。


「これお前だよな? なんちゅう握力だよ、おい」

 

 衝撃のあまり何も答えられず、血の気が引いてただただ動画を見つめる。


「これも凄かったね」二つ目の動画は、本屋で洸太が万引きする画像が拡散され、それをクラス中が洸太のことを忌避する映像だった。映像の中に、「光山 犯罪者 恥さらし」と大文字で書いてあった。それを見て面白おかしそうに笑い合うクラスメイトたち。


 この動画を作ったのは誰なのか見当も付かなかったが城崎たち一軍の仕業に違いないことは確信している。ネットでは洸太を非難するコメントで溢れて炎上していた。動画を見ていたただただ茫然としている。表現する言葉が見つからず、どういう感想を述べれば良いのか分からずにいる。


「おい、黙ってねえで何か言えよ」と声をかけるも、洸太はそのクラスメイトの腕を振り切って一目散に逃げていった。目にする人全員が自分の悪口を言っているように思えた。とにかく一刻も早く帰らなければならないと家路を全力疾走する。


 自宅に到着した洸太は玄関のドアを開けるなり、その場で立ち尽くす。明かりが点いている。ここは母親と自分の家だから当然だった。帰ってきたことがバレないように静かに靴を脱ぐつもりだったが、ドアの開く音に反応して母親がリビングから飛んできて帰宅したばかりの洸太を怒鳴りつけた。


「洸太ぁあ! こんな時間までどこで何をしていたの! 今何時だと思って――」


「うるさい」


 罪悪感や怒り、悲しみでぐちゃぐちゃになった心の整理が付けられず、そのどうにもできない歯痒さをどうにかして発散したいという思いでつい口を衝いて出てしまった一言だった。自分でもどうしてそのような暴言を発してしまったのか自覚が無かった。今思えば、これが母親に対する初めての反抗かも知れない。


 しまったと気付いた時にはもう遅く、それを聞いた母親が逆上して衝動的に傘立てに入れてあった折り畳み傘を取り出して洸太を強くひっぱたいた。


「うるさいって何よ!」


「あっ……ご、ごめんなさい。つい……」


「私に口答えしないでって言ったよね!」


 折り畳み傘で力強く洸太の頭を打ってその衝撃で倒れ込み、頭を押さえながら涙目で母親に鋭い眼光を向ける。そして痛みはスーッと消え去った。


「その目つきは何? 立ちなさいよ!」


 蟀谷を強引に引っ張り、無理矢理立ち上がらせて振り上げた手を下した瞬間、洸太がその手を振り払った。


「私に反抗する気?」


「僕は……あなたの道具じゃない」怯えてる自分を奮起させるようにボソッと言い切った。


「何ですって」


「もう沢山だ!」と語気を強めて叫ぶ。テーブルがグラッと動いて、窓ガラスに亀裂が走る。刹那的な出来事だったので母親は気にも留めなかった。


「この期に及んで私に歯向うつもり?」


「もう、お母さんの言う通りに動くのは疲れたんだよ。僕はあなたの奴隷じゃない」


「いい度胸してるじゃないの。私がこの十二年間、どれだけあなたのために心血を注いできたと思ってるのよ! あなたは、私の代わりに私の夢を――」


「僕よりだらしない人を見かければ『ああいう人にならないで。あなたはあなたよ』と言われ、僕が何かミスをしたり失敗する度に『あの人を見習いなさい』と言う。お母さんの望むような存在になろうと、自分なりに必死に努力してきた。だから理不尽な矛盾に振り回されても堪え続けた。


それでも、僕に何か気に食わないことがある度に罵詈雑言を浴びせてくる。自分のコントロール下に置いてプレッシャーをひたすら与えて息が詰まりそうになっているのをどうして感じてもらえないの? もうたくさんだ。僕の人生だ。これからはもっと自分らしく生きていきたい。もっと自分の為に生きていきたい!」


「あんたって本当に最低ね。折角ここまで育てあげたのに、私の期待を悉く裏切るなんて。あんたを養子に引き取った私が馬鹿だった」


「養子……?」思いもよらない言葉に驚きを隠せなかった。


「ああ、そういえば話してなかったわね。私が二十歳のときに卵巣に拳大の悪性の腫瘍が見つかって、他の臓器に転移する危険があるとしてやむを得ず摘出手術を行い、子供が産めない身体になってしまったの。絶望した。病院の食事は不味かったし、入院中も勉強して置いて行かれないように必死に頑張ったけど結局ついていけなくなって中退。


そして何より、聖央大に行くためのお金を全部手術代と医療費に使わなければならないことが最大の屈辱だった。私が描いた人生設計が癌によって突如狂ってしまったもの。まさに人生のどん底だった」

 

 洸太は母親の口から語られる壮絶な過去をただ黙って聞いていた。それと同時に、これで漸く自分の血液型と関連性が無いことへの合点がいった。

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