第32話 コウモリ狩り②
「ああ? どうした、いきなり大声出しやがって」
「ねえ、お前の父親ってもしかして日向明弘?」楠本にそう聞かれるも、辛うじて意識が残っていた雅人は皆目見当もつかない様子だった。
「やっぱりそうだ。ほら、三年前の高架下のトンネルで起きた殺人事件の被害者の息子だよ」それを聞いた周りの人達がざわつき始める。
「えっ、それって」と顎に手を当て、記憶を呼び起こそうとする平沼。そして漸く思い出して雅人へ鋭い眼光を放つ、当の雅人はまだ何が起こっているのか分からない様子だった。
「一つ訊きたいことがある。三年前の九月三十日の夜、お前は何処にいた」すると前に出て質問する。平沼が口にしたその日は、兄がトラックに轢かれて亡くなった日だった。
「どこって、高架下のトンネルで雨宿りして待っている父さんに傘を届けようと迎えに行った。そしたら、父さんは目の前で立っていた男に刺されて倒れてた。慌てて走って逃げるそいつを捕まえようと追いかけたところで、トラックに轢かれて死んでしまったんだ」とその日に起きた出来事を詳細に説明していった。そこにいる誰もが凍り付いた。平沼はただ一人、武者震いして怒髪天を衝く。
「じゃあ、あの夜……兄貴がトラックに轢かれて死んでしまったのは、お前が追い詰めたからなのか!」
「ああ、あの時道路に飛び出したあいつのことか。まさかお前の兄だったとはな」
「そうか、お前だったのか……これでやっと繋がった。ずっとお前を探してたんだ」
「だったら、何だ」雅人にそう反論された途端、平沼は即座に近寄って胸倉を掴んで顔を近づける。
「よくも俺の兄貴を殺してくれたな!」
「俺は殺してない! あいつが勝手に道路に飛び出していってトラックに轢かれたんだ」と必死に否定する。
「お前が殺したことに変わりはねえんだよ!」
「あいつは……俺の父さんを殺したんだ。死んで当然の人間だったんだ! 被害者ぶってんじゃねえ」
「フッ、実を言うとな、殺したのは兄貴じゃなく俺なんだよな」
「えっ」と唐突な告白に呆気にとられる雅人。
林の奥にある一本の木の枝が小刻みに揺れ始める。
「まあ、今となってはそんなのどうでもいいさ。重要なのは、お前が俺の兄貴を死に追いやったことだからな!」ショックで何も考えられない雅人を意に介さず、持っていたバットを振って顔を一思いに打ち、赤黒い血がバットに染みつく。
カサカサ揺れていた枝が切れて平沼目がけて飛んでいった。飛んでいく方向にいた洸太が不覚にも「うわっ!」と叫んでしゃがみ込む。異変を察知した楠本と城崎は、突如どこからともなく飛び出してきた木の枝から平沼を庇った。
「誰だ、こんなもの投げた奴! ふざけやがって。出て来ぉい!」取り巻きの一人が茂みに向かって叫ぶ。それを聞いた洸太はもう隠れても無駄だと観念し、恐る恐る茂みの中から出てきた。
「光山……」雅人が消え入りそうな声で呼びかける。そして城崎たちが洸太を見るやいなや、逃がさないと言わんばかりに包囲する。
「お前か、この木の枝を投げたのは」と平沼が血走った目で睨みつける。
「そ、そうだよ……」と声を震わせて答えた。洸太が助けに来てくれたことに雅人が呆然としていた。
「どういうつもりだこの野郎! 返答次第でお前もぶっ飛ばすからな!」脅迫してきた平沼の迫力に圧され、委縮して一歩後ずさる洸太だった。
「まあ落ち着けよ。光山、今お前が何をしたのか、分かってやったのか」と城崎が平沼を宥め、洸太の方まで近づいて優しく問いかけた。
「そいつは……日向は、ぼ、僕の友達だ……は、放せ」怯えながらも自分なりの勇気を奮わせて言い切った。それが今の洸太が引き出せる最大の抵抗だった。
「なるほど、友情か。良いよね、美しいよね。そういえばお前たちは幼馴染だったもんね。でもいいのかな? あの時交わした取引をふいにして。そんなにこいつと心中したいか? 何だったらあの取引を破棄してお前の母親に全部打ち明けようか?
何なら俺のお母さんに頼んですぐさま退学処分を下してもいいんだぜ。俺のお母さんにはそれぐらいの力を持っているんだからな。それとも社会的な死をお望みか?」と洸太の弱点を常に把握しており、それをいかようにも出来ることを明かして脅す。
「えっ……」
分かり易く動揺する洸太に城崎はニヤリと顔が綻んだ。洸太は頭の中で色んな情景が頭を巡る。城崎の告発で退学になったら母親に何を言われるのか分からないわけではない。
≪あなたは、私の夢を叶えるために生まれてきたのよ≫
脳内でまるで呪文のように反復する母親のあの言葉。そんな絶対的な母親の前では自分の力など無に等しく、従う他なかった。そして洸太は誰かに操られているかのようにゆっくり踵を返し、力の限り走っていった。敵前逃亡する洸太を雅人は驚いた表情で見ていることしかできなかった。
「光山……」とボソッと呟くと、周囲の空気や土が小刻みに振動し、木々の枝や葉々がカサカサと音を立て始める。
「おやおや、残念だったね。あいつ、弱みをチラつかせたらコロッと背を向けて逃げてっちゃったよ。どうやらお前との友情より自分の保身を選んだ腑抜け野郎だったみたいだ。そもそも友達を売る時点で人として最低だけどね。つまり、お前に人を見る目が無かったってことだ」清々しい顔でそう言ってきた城崎に対し、雅人はただただ鋭い眼光を向ける。
「何だよその目は。イラつくんだよ!」と雅人の腹に膝蹴りを入れた。雅人は一時怯むも表情を変えず睨み返す。次の瞬間、血相を変えて口か尋常じゃない量の赤黒い血を吹き出してしまう。
「うわ、何だこいつ!」平沼がつい叫んで後ずさった。周りの不良たちも目をそむけたくなる雅人の様子を見て「うわ」と声に出して苦虫を噛み潰したような顔をしたり、引いたり、言葉を失う者もいた。
「いきなり吐血しやがった。気持ちわりぃ!」
「うっ……これで終わりだと、思うなよ」声を絞り出すように言い放ち、殺気と憎悪を宿した鋭い視線を向ける。
「ほざけ」と返して平沼がバットを振り、打った衝撃で雅人が後ろに倒れて数メートル下に流れている川に落下してしまった。洗濯機のもみ洗いで汚れを除去されていく服のように、勢いよく流れる川に雅人の身体が揉まれて流されていく。
「何が『これで終わりだと思うなよ』だ。くだらねえ軽口叩きやがって。笑わせるな、キモいんだよ!」平沼が落下した雅人に向かって清々しく吐き捨てた。
「そうだ、そうだ! ざまあ見やがれ!」と川に唾を吐く。歓声を上げ、目障りな敵を排除出来た喜びを互いに分かち合う。
「さすがに今のはやり過ぎじゃない?」と楠本が何となく気になって城崎に訊ねた。
「なあに、記憶を失くすぐらいの衝撃が丁度良いんだよ。じゃなきゃ後で救助された時に全部話してしまうだろ? 加えて、誠一が因縁の敵を始末出来たんだ。一石二鳥じゃん」
「確かに。で、逃げてった光山はどうする?」
「無論あいつも同じ目に遭わせてやるさ。例の動画は拡散したか?」
「もうとっくにアップロードしたよ」
「よし、これであいつも終わりだ。まだそう遠くへは行ってないだろう。追うぞ」と洸太の後始末を済ませる為、城崎たちはその場を後にして山を下りていった。
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