第31話 コウモリ狩り①

 数日後、雅人は自宅から一時間程離れたところにある山を登っていた。協力しないという意志は変わらないが、日に日に増大していく力を抑え込んで制御するためのやり方を指導してほしいと洸太に頼まれた。


 序でに山の方でそのトレーニングをしようと提案したのも洸太だった。その方が人目も憚られることなく堂々と訓練出来るのだそうだ。細い山道を登り切ったところで渓流が見えてきた。

 

 青々とした木々に囲まれ、奥には上流から透き通った淡水が流れてきて川を形成している。空気もマイナスイオンに満ちており、息をすればする程肺が浄化されるかのような感覚だった。耳を澄ませば小鳥の囀りさえ聞こえてくる。

 

 まさに隠れたパワースポットである。雅人は崖下に流れる川を見下ろした。高さは数メートルあり、落ちればひとたまりも無いだろう。洸太に言われた通り待ち合わせ場所に来たものの、肝心の洸太の姿がなく、空を見上げれば陽はすっかり地平線に沈んでおり暗くなっていた。


「光山の奴、こんな時間にこんなところまで呼びつけて遅刻かよ」と不服そうに独白する。


 すると、誰かがこちらに向かって来る足音が聞こえてきたので後方へ振り向くと、雅人は目を見開いて驚愕する。そこに立っていたのは金属バットを肩に担いだ城崎だった。その瞬間次々と疑問が浮かび上がる。何故、倒すべき敵がここにいるんだ。何故、光山と自分しか知らない場所にこいつがいるんだ。こいつは何しに来たのか。


「お前は……」


「それがお前の素顔か、コウモリさんよう」と言うと、まるで雅人が来ることを待ち詫びたかのように城崎の仲間がぞろぞろと木陰から出てきて囲い込んだ。平沼も来ており、男達は全員金属バットや鉄パイプといった何かしらの武器を持参していた。雅人は周りを見渡し、自分が圧倒的に不利な状況にいることを漸く理解する。


「何を言ってるのかさっぱり分からないが」と焦りを誤魔化すように茶を濁す。


「すっとぼけても無駄だぜ。既に調べはついてるのさ。日向雅人十八歳。武蔵村山市本町二丁目の二階建ての小さなアパートで母親と二人暮らし。この前失踪した岡部浩紀との交流歴あり。どう? 凄いだろ、こいつの情報力」と城崎の隣に立っていた楠本を褒めると、楠本がが小さく「うっす」と言いながら首を動かして挨拶した。雅人が楠本に無表情で見つめると、再び城崎に視線を戻した。


「青ざめて声も出ないか。ちなみに、お前にやられた奴らに顔写真を見せたところ皆口を揃えて『こいつで間違いない』と言ってたぞ」城崎の挑発にも雅人は怯まず無表情のままだった。洸太は生い茂る茂みに身を潜め、ただ葉と葉の間から事の行く末を見守っていた。


「そんなことを言うためだけにわざわざ手下を引き連れて俺をこんなところに呼び出したってわけか」


「ここにいる誰もがお前の吠え面を見るのをとても楽しみにしていたからな」


「悪いけど、俺はお前らの事なんか全然覚えてないな。記憶するほどの価値も無いしね」


「なら、一生忘れないように記憶に叩き込んでやるぜ!」と平沼が有無を言わさず真っ先に突撃した。


「仰々しいんだよ」そう言って一気に念力で片付けようと両手を突き出した雅人だったが、「待った」と城崎が咄嗟に制して雅人もそれに反応して動作を止める。


「一つ言い忘れていたことがある。お前の特技だよ。確か人並外れたものであるとか。超能力を使うんだよなあ。証拠映像だって入手してある。ネットが浸透している今の時代、この前撮ったお前が超能力を使っている動画をSNSで拡散するとどうなると思う? 少なくともお前の母親には誹謗中傷が及ぶ筈だぜ。確か癌に侵されてるんだよなあ」

 

 まさか大事な母親を人質に取られるとは思いも寄らず、雅人はその場で凍り付いて動かなくなってしまう。


「アハハハハハ、義理堅いなあ。理解力のある奴で良かったよ。でもこれで、袋の鼠だな」


「隙ありい!」と取り巻きの一人の男がバットを勢いよく振り降ろして、雅人は頭を打たれた衝撃で脳震盪を起こしてふらつき、それに乗じて平沼は「やっちまえ!」と叫んで一斉に襲い掛かる。

 

 今までの鬱憤や恨みを晴らすかのようにバットや鈍器で好き放題叩きつけたり、殴ったり蹴ったりして徹底的に嬲っていった。終いに雅人は拘束されてしまい圧倒的に不利に思えたが、自身にとっては目の前に仇敵が現れたこの状況は好都合と捉えていた。


「正義面しやがって。俺達への意趣返しのつもりか? それとも、ヒーローを演じてる自分に陶酔してるだけか? 無法者のくせに生意気なんだよ!」と近づいて来た城崎が持っていた金属バットで雅人の顔を一思いに打つ。


「あーあ。哀れだな、日向雅人君。ざまあないね。お前如きが一丁前にでかい面下げて俺達に歯向かったらどうなるかこれで思い知っただろう?」


 取り巻きの男達が突き放すように手放すとそのまま蹲る。意識が薄れて行くのを感じる。全身を滅多打ちにされて満身創痍だった。


「……虫が」それでも雅人は遠のいていく意識をなんとか保ち、声を絞り出すように言った。


「あ?」と城崎が眉間に皺を寄せてもう一度訊ねる。


「一人じゃ、何も出来ない弱虫が……偉そうに、すんな!」と雅人が起き上りざまに吐き捨てる。


「もう一遍言ってみろ!」と見下された城崎がバットを勢いよく振って顔を打ち、打たれた衝撃で血が噴き出た。


「お前の所為で、俺たちは! 娯楽を、ろくに楽しめずにいるんだよ! どうしてくれるんだ、あぁ? 目障りなんだよぉ! このチンピラがぁ!」怒りに身を任せて思う存分バットで滅多打ちにする。


「ハァ、ハァ、屑のくせに威張りやがって。生意気なんだよ!」と息を切らしながら吐き捨てる。雅人は力なく伸びていて、指一本すら動かせないほどまでにボロボロの状態になっていた。


「もう目も当てられねえし、さっさと止め刺してとんずらしようぜ。こんだけいたぶりゃ充分だろ。もう虫の息だ」


「ああ、そうだな。じゃあ……これで終いだ!」と城崎が顔を蹴る体勢を取った。雅人も顔を蹴られるのを覚悟して構えた。


「ちょっと待った!」隅でタブレットを片手に持っていた楠本が突然、何かを呼び起こしたかのように雅人を指差し、大声で叫んで城崎を制する。

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