第29話 復讐と服従②
数日後。浩紀の仇を討つための協力を拒まれた雅人は再び洸太を説得しようと、待ち合わせの公園のベンチに座ってスマートフォンを操作しながら待っていた。すると、一人の男が遠くから早歩きで向かって来て、公園に入ると雅人が座っているベンチの方まで小走りで駆け寄っていった。
「やっと来たか、待ってたぞ」
「君がしつこいからね。いい加減にしてもらいたいよ、まったく。こっちは受験勉強とかで色々と忙しいのにさ。これでも外に出る理由を作るのに相当悩んだからな」洸太は母親に図書館で勉強するという嘘を吐き、外出する口実を作って家を出た。そしていつも通りスマートフォンを隠してから公園に来たのだった。
「で、早速答えを聞こうか」と雅人が単刀直入に尋ねる。
「この間も言ったけど、答えは変わらない。手を引くべきだ」
「そうか。今回ばかりは、恩人に手を貸すと思っていたのにな」と洸太の答えが変わらなかったことに肩を落としてベンチの背もたれに寄りかかった。
「恩人? 何のこと」
「お前そんなことも忘れたのか。確か小学校の時だったかな。お前が突然目眩を起こして橋から川に落ちてそのまま流されそうになったのを俺が助けたんだよ。その日は雨も風も強かったし。とにかく無事で良かったよ。けどそれを機にお前の母親が俺と関わることを許さなくなってしまったけどね。まあ、覚えてないか」
「ああ、そのことならなんとなく覚えているよ。助けてくれたことには感謝してる」
「有難いと思ってるなら尚更協力するべきなんじゃないのか」
「それとこれは全く別の話だ。あいつらに歯向かうのは危険すぎるよ。岡部の二の舞になるだけ。強者に反抗したところで爪弾きにされるのがオチだ。鼠がライオンに喧嘩を挑むようなものなんだよ」
「俺は岡部の無念を晴らしたい。ただそれだけだ」
「それって本当にあいつの望んでいることか」
「ああそうだよ。あいつの自殺で少しは学校の治安が良くなるだろうなと思ったけど結局旧態依然だ。俺が自警団に扮してあいつらの手下を排除したとしてもだ」
「自警団? もしかしてお前が噂の……」
「なるべく穏便に片づけて組織を瓦解させようとしたけど、いかんせん頑丈で強固だ。いくら潰しても崩れる気配がない。ここまで深く根付いているとは思わなかった。
やっぱり根本的な原因を摘み取らない限り、この下らない序列制度は消えないな。あれはもうただの不良なんかじゃない。半グレ集団だ。そして今でも更に数を増やしてる」
唐突なカミングアウトに驚愕して凍り付く洸太に脇目も振らず淡々と話を続ける雅人だった。
「けど、その序列制度があるお蔭で秩序が保たれているのも事実だ」
「そんなの綺麗事だ。お前だってこんな腐った体制に心底うんざりしている筈だろ?」
「確かに息苦しいけど、生き抜くためには強者に服従しなければならない時だってある。この社会っていうのはそういう風に出来てるんだよ」と自分の本当の気持ちを封印して咄嗟に思いついた嘘で上塗りする。自分のような貧弱な存在が体制を変えるなど馬鹿げており、権力に従う方が楽だと思ったから。
「だからってこのまま臆病風に吹かれながら学校生活を送るのか。そんなの独裁と変わらないさ。もし仮に『今死ね』って言われたら言う通りに自殺するのか? 違うだろ。抗えよ!」
「じゃあもし楯突いたとして、犠牲者が出たらどうする。呆気なく潰されたらどうする。責任取れるのか?」立ち上がって鬼のような形相で迫る雅人に対し、洸太も負けじと反論する。
「岡部の自殺の責任は誰が取るって言うんだ! この体制が、あいつを自殺に追い込んだんだろうが!」洸太の胸倉を強引に掴んで捲し立てると、「いい加減にしろ!」と洸太が雅人の掴んだ手を無理矢理解いて後ずさる。
「念のために言っておく。これ以上首突っ込まないことだ。世の中には、僕たちの力じゃどうにもならないことだって沢山あるんだよ。太陽と月の軌道を変えられないのと同じだ」
「とにかく俺は認めないぞ。そんなのは小心者の屁理屈だ。負ける言い訳より、勝つための方策を考えるべきだろ」
「やっぱり何も分かってないな。人助けの事となるとお前はすぐに熱くなる。昔から何も変わってない。僕はお前のそういうところが嫌いだ。もういい加減大人になれよ」
「分かってないのはお前だ!」と叫ぶと、誰も使っていない筈のブランコなどの遊具が勝手に動き始めた。
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