第28話 変革の周期

「……いいえ、そもそも俺の両親は厳格で、娯楽に充てる時間はありませんでした」倉本のぎこちなさに一時戸惑うも、東は気にせず会話の流れに合わせることにした。


「ストイックだな。じゃあ、一番好きな教科は?」


「特にないですが、強いて言えば天文学には興味あります」


「なるほど。確かに宇宙はロマンに溢れているからな。天体観測技術が進んだ現在では太陽系外には地球のような惑星が四千個以上見つかっており、生物に適した環境が整っている『第二の地球探し』が行われている。とある記事によれば、十五パーセントは地球外生命体の存在を期待できるとされている」


「その十五パーセントの中に、人類のように文明を築き、テクノロジーを有している知的生命体がいるということですね」


「ああ。そろそろ我々も水面下で進めている例の計画によって人類は進化して備えなければならない。来るべき侵略のため、そして同じ土俵に立って対等に渡り合えるためにもな。それこそが、人間の人間としての臨界点を超えるシンギュラリティポイントとなる」と真剣な表情で遠くを見つめながらそう言った。


「まさに人類に劇的な進化を促す壮大なプロジェクトですね。しかし一方では、急すぎる進化は却って自滅を招く恐れがあるという見方もあります」


「どういうことだ?」


「『変革の周期』という言葉があります。それは、時代とともに新たに生み出されたテクノロジーが人々の間に浸透してより便利で豊かな生活を送れるようになったことで、あらゆる面で社会全体がレベルアップするという周期のことです。


具体的な例を挙げますと、イギリスで始まった第一次産業革命では蒸気機関が開発されたことで生産力が高まり、更には蒸気船や蒸気機関車が造られたことで陸上輸送と海上輸送に新時代を齎しました。


続いて第二次産業革命では蒸気機関より小型化が可能なガソリンエンジンを開発したドイツが、電気を産業化したアメリカが世界経済をリードしていきました。


更に一九〇〇年代後半に起きた第三次産業革命では、コンピューターが登場して人間の知能に関する作業を代替できるようになりました。


また、それを利用して製造ラインの自動化を実現させたことや、様々な場面でインターネットが導入されたことによって世界の急速なデジタル化が進みました。


そして現在進行形である第四次産業革命では、全てのモノがインターネットと繋がり、AIの精度を上げることで人間が指示を出せずともコンピューターが自分で判断して最適な行動を取ることが可能となりました。


また、私たちが今使っている携帯電話の通信システムが4Gから5Gに移行したことで通信速度がより高速となり、通信経路距離も伸びて通信の遅延も改善され、基地局一台から数十代の端末や機械を同時にネットに接続できるようになりました。


これにより、VRによるオペレーションシステムの改革、ビッグデータやクラウドを活用した管理、一人ひとりの消費者のニーズに応えるマスカスタマイゼーションを実現させ、コストパフォーマンスの向上と在庫の増減を把握するといった製造業の理想の形を目指すことが出来るようになります。


こうして、技術革新が繰り返されていく度に世界の国々がそれを公共事業やビジネスに導入することによって市民の生活水準が格段に高くなってまた時を置かずして次の技術革新が到来するという好循環が生まれるわけです」


「素晴らしいことじゃないか。その周期を経ることによっていつしか人類は神とあるいは神と同等の力を手にすることが出来るのだから。テクノロジーが進歩する度に我々は神の領域へと一歩ずつそして確実に近づいていく」


「まさにその通りですが、その反面恐ろしいデメリットもあります。今の技術から次に新たな技術が生まれて人々の間に浸透して社会がレベルアップする度、その変革の周期がどんどん速まってやがて人類は自滅を迎えてしまうということです。折角神と同等の力を手にしたにも関わらず、自ら創り出したテクノロジーによって滅んでしまうのです」


「要するに、これ以上技術革新が進めば、人類の自滅が早く訪れてしまうというものだな?」


「端的に言えばそういうことです」


「なるほど。もし君の予測通りに人類がそれで滅ぶのだとしたら、あまりにも呆気なさすぎるな。それでは絶滅していった恐竜や他の動物と変わらないじゃないか。


動物は皆太古の昔よりプログラムされた種を残すという目的に沿ってその日その日を全力で生きている。だから明日何しようとか、年金とか、保険とか、ローンとか、将来どうしようかなどといった煩悩に苛まれることも無い。そういう観点で言えば、ある意味ロボットと似ている。


しかし人間は動物とは違う。生きるという本能が備わっているのは動物と一緒だが、人間には理性があり、物事を考える力がある。それが動物とは決定的に違う人間特有の特徴だ。


人間は何度も間違いや過ちを犯したり、道を踏み外したりしてそうやって紆余曲折を経て失敗を乗り越えて成長する。それを繰り返していったことでこうして生き延びてきた。


人口が増えすぎた現在では、遂に地球のキャパシティーを超えてしまい、改めて人間の生物としての存在意義を問われているが、それらの問題もきっといつか解決するだろう。何故なら人間は動物とは違い、世界を意のままに作り変える知恵と科学技術を持っている。だからそうやって悲観することはない」


「私もそれに同意します。しかし、科学技術の発展にはその恩恵を受ける者と受けられない者の格差が生まれるという側面があります。発展が進めばその問題も大きくなります。射し込む光が強ければ、その分影も濃くなるということです」と東が直向きな眼差しで説く。


「科学技術というのはいつの時代でも社会情勢に関係なく先行していくものだ。今ここで君がそうやって異を唱えたところでその大きな流れを止めることなど不可能なのだよ。


科学者たちは良かれと思ってその革新的な技術を生み出しただけであって、彼らに責任は無い。結局のところ、それを扱う我々のような人間たちにこそ責任があるというものだ」


「人間の可能性を信じるしかないというのですか。一体どこにそんな根拠が」


「私が聞いたから」その予想を上回る返答を聞いた東がつい目を見張って「えっ?」と聞き返す。


「この前まで計画の進捗状況を聞くたびに嬉しさと興奮で視界が狭まっていた。今君の言葉を聞いて私は全身に悪寒が走ったよ。お蔭で目が覚めた。


君の言う変革の周期による破滅的な未来を防ぐためにもこのネオテック日本支部の責任者としてしっかりとその事実を受け止めてこの計画に向き合わなければならないと再認識したのだ。故にこの計画が次なる産業革命を起こす起爆剤になるのであれば尚更な」


「その言葉、信じて良いのですね?」東が訝し気に聞く。


「この計画の関係者の中で最も期待を寄せているのはこの私だ。社会に対して害悪を齎すようなことは絶対にさせない。だから心配することは無い」と疑いを晴らすように落ち着いた口調で答えた。それを聞いた東は、その言葉に嘘が無いかを確認するかのように真剣な目つきで暫く見つめる。

 

 部屋のドアをノック音に反応して二人はドアの方を見る。秘書の附田がドアを開けて入ってきて「社長、そろそろお時間です」と倉本に告げると、身に付けていた腕時計を見て「分かった、すぐに行く」と言って東を部屋から出るように促し、襟を正して部屋を出て附田がドアを閉めて鍵をかける。


「初めに言った通り、作戦の内容については決まり次第直ちに附田から伝えてもらうようにする。君たち二人は迅速に動けるように準備に取り掛かってくれ」


「分かりました。では、これで失礼します」と告げて東はその場を後にした。

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