第27話 フロンティア・テクノロジーズ社

 東が先日ネオテック日本支部の社長である倉本に提案した、低酸素トレーニングをやり終えたタイミングで「終わったら社長室に来てほしい」と言伝で言われたので、すぐにツナギに着替えて階段を上がって地下一階にある社長室へ赴いた。

 

 ドアの前で附田が立っているのが見えた。すると附田が何も言わずにカードキーでドアを開けて東に中に入るように促す。「失礼します」と言って中に入ると倉本の姿はなく、社長秘書の附田曰く「もうちょっとしたら来るから中で待っていてくれ」と言われたので待つことにした。

 

 前回入って感じたように、質素だが威厳のある内装だった。立って待つのも変なのでガラス製のローテーブルの周りに置いてある革製のソファに座った。部屋を見渡すと、物がきちんと整理整頓されており、埃なんて一つも見えない程清潔に保たれている。


 細かいところまで清掃が行き届いている証拠だ。専属の清掃員でも雇っているのだろうか、もし社長自ら掃除しているのならかなり几帳面で潔癖なのだろうなと思った。

 

 附田の話では倉本は週に二回ジムに通って汗を流しているとのこと。社長秘書の附田によれば日々の健康維持のために行っているらしい。日々の業務と健康維持の合間に社長室の掃除を済ませるとはなんて出来た社長だろうなあと感心した。その瞬間、ドアが開いて倉本が入ってきた。


「おお、待たせてすまない」と背広の襟を正しながら東の真向いにある横長のソファに腰かけた。


「いえ、私も今来たばかりですので」と慌てて立ち上がる。


「まあ、そのまま座ってくれ。今日呼んだのは行方不明になった少年のうち二人が見つかったことを伝えようと思ったからだ」


「そうですか。遂に見つかったんですね。その二人というのは誰と誰ですか?」と尋ねると、倉本が二枚の資料を東に渡した。それらの資料には、見つかった二人の少年の情報が記載されていて東はその内容にざっと目を通す。


「なるほどですね。もう一人の少年に関しては?」


「残念ながら行方は未だに掴めていない。取り敢えずその二人を確保するのが先だ。二人を丸め込めんで味方にすれば捜索しやすくなるだろうし、その方が早く見つけられる筈だ」


「かしこまりました。楽しみで待ちきれませんよ」


「詳細は陽助にも追って伝える。それと、今度君に頼みたいミッションがあるのだが」


「ミッションですか?」


「近いうちにある品物が運ばれてくる。中身は教えられないがとても重要な品物とだけ言っておこう。その品物の名前は『エッグ』だ」


「『エッグ』ですか。どうしてそれを私なんかに?」


「君は戦闘経験が豊富だ。万が一の事態に備えてその経験を活かして守り抜いて無事に運んできてほしいのだ。それも日程が決まり次第連絡する。少なくとも少年たちの確保に行く日にちと被らないことは約束しよう。


このことはくれぐれも陽助には秘密でお願いしたい。本来であれば陽助に行かせて経験を積んでもらいたいが、生憎『エッグ』は替えが利かない故に絶対に失敗は許されない」


「それで私に白羽の矢が立ったというわけですね。承知いたしました」色々と疑問が残るが、それ以上聞いてはいけないと思い了承した。


「君しか適任者がいないものでな。少々荷が重いかもしれないが、どうか分かってほしい」


「とんでもございません。倉本社長の直々の依頼となれば光栄ですし断る理由もありません。必ずやこの二つのミッションも達成出来るように尽力いたします」


「ハハハッ。頼もしいな。緊張はしていないのか。久しぶりのミッションだろう。確かフロンティア・テクノロジーズの『スカイフォール計画』を潰した時以来か」


「ええ、そうですね」


「スカイフォール計画。フロンティア・テクノロジーズ社が開発した、地球を周回しながら紛争地域やテロ組織の拠点に太陽光線を掃射して壊滅させる新型の衛星兵器を搭載したロケットを打ち上げる計画。君は社の職員に成りすまして潜入し、搭載したロケットに細工を施し、事故に見せかけて打ち上げ直前に爆発させて阻止した。それもたった一人でだ」


「よくご存じですね。まさかそこまで調べていたとは。恐れ入ります」


「だから日本支部に招待したんだ。それほどの功績を上げた功労者だからな。その時と比べれば今回のは簡単じゃないのか?」


「ええ、まあ。そのためにこの半年間みっちりトレーニングを積んできた甲斐があるというもの」


「さすがはプロだ。実に頼もしい。しかし、あのまま予定通りに衛星が打ち上げられていたら、あの企業が独裁政権を握り、世界は確実に恐怖のどん底に落とさされていただろう」


「とんでもない企業ですね。倒産して良かったと思っています」


「私としては残念だよ。核融合を使った新エネルギー事業に取り組んで漸く勢いづいてきたところで呆気なく潰れてしまうことになったんだからな」

 

 核分裂反応とは、水素の百倍以上も重いウランのような原子の原子核をフラグメントと呼ばれる小さな粒子に分割してエネルギーを放出する。この核反応を制御して熱として徐々に取り出して電力に変換するのが原子力発電所であり、刹那のうちに爆発させるのが核爆弾である。


 対して核融合は高温高圧という条件下で水素のような軽い二つの原子核をぶつけて組み合わせて少し重たいヘリウムのような一つの大きな原子核に変えてエネルギーを放出する。

 

 核融合反応で得られるエネルギーは核分裂のそれより多くなるが、核融合反応を起こすには超高温で超高真空という物理的な条件を作り出すための巨大施設を必要とし、それにかかる費用も莫大になるため、未だに実用化に至っていない。


「フロンティア・テクノロジーズ社が開発した新型の核融合炉を載せた飛行機が大きく進路を外れてシリアの近海に墜落して核融合炉が暴発した爆発事故ですね。これが決定的となって同社は倒産に追い込まれた」


「ああ。大変痛ましい事故だったな。まるで第二次世界大戦末期の日本みたいだ。日本は原爆を二発も落とされて被爆国になった。そして今回の事故が原因で新たな戦争の火種を生んだ。放出された放射線を大量に浴びて多くの人々も亡くなった。私にとって大切な存在までも……」と沈痛な面持ちをして俯く。


「その大切な存在というのは……?」


「それについてはまた今度話そう。機会があればな。この話はここまでにして、そろそろ話題を変えようか。そうだな、趣味の話をしよう。映画鑑賞は好きかい?」とあからさまに話題を変える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る