第26話 城崎の野望

 人生の悦びというのは、どれほどの大業を成し遂げたのかではなく、その大業に一歩ずつ近づいていく過程にあるのではないか。言い変えれば、人生の悦びはその時その時の物事の達成率に依存しているとも言われている。


 俺が感じる悦びというのは、人を貶めたり、ミスや失態を犯して落ち込むところを見たり、唆して自滅するところを嘲笑ってやることで感じられる。


 特に、順風満帆な人生を送ってきた人が何かの拍子やきっかけでどん底に落ちていく様は見ていて爽快感があって最高に気持ち良い。そういう人ほど無性に落としたくなって、実際に上手くいったときは最高にスカッとするものだ。

 

 傍から見れば「人格が狂っている」とか「精神が歪んでいる」と思われたり、中には「最早天狗と言うより悪魔だ」と非難してきたりする人もいるだろう。しかし、これはあくまで趣とやり方がただ違うだけで本質としてはゲームや映画鑑賞を楽しむのと同じだ。また、そうなるような状況を設えただけであってその罠に引っかかってしまう人が悪い。

 

 こんなユニークな趣味が楽しめるのも少年法に守られているこのごく短い間だけ。勿論「遊び」と「勉強」はしっかり分けてメリハリをつけている。将来医者を目指すための勉強を欠かしたことも無いし、ちゃんと限度というものを理解した上でやっているつもりだ。


 人を殺めるという、その絶対的な一線を越えなければどんなイタズラをしようとも少年法で守られるから罪に問われることはない。たとえ問題が発覚したとしても厳重注意程度にしかならない。だから俺がどんなことをしようが、人にどうこう言われる筋合いは全く無いのだ。

 

 残念なことに、この趣味を理解してくれそうな波長の合う友がいない。一度は本音を話せたりすることが出来る友を持つことに憧れを持ち、自分に合う友達を見つけることに奔走した時期もあった。


 漸く見つけることが出来て心の底から喜んだが、初めから慣れ合う気なんて全くないことを後に知ってから、自分の中で何かが崩れて、そんなものはまやかしだということに気が付いた。

 

 紙のように薄い人間関係なんて不毛でクソ食らえだ。都合が悪くなると関係に亀裂が入ったり希薄になってそのまま自然消滅したり、また何かの拍子で即刻関係を解消してしまう。結局人間なんて自分の事しか考えていない。


 自分以外は全員他人だ。それなのにどうしてあんな薄っぺらい付き合いでこうして社会が成り立っているのか不思議でならない。多分一生理解できないだろう。

 

 他人だからって決して心を許してはならない。この人なら信用できるかも知れないと、いざ心を開いて接してみればほらやっぱりと結局こっちの期待に応えてくれず、この人も同じかとその人に対して失望してしまう。別の人間が現れたとしても同様の結末を辿る。

 

 人間なんて所詮信用できないものだ。盤上の駒みたいに用が済んだら切り捨ててお終い。その人を信じた奴が悪く、そうして全幅の信頼を寄せたがために裏切られて敗北して馬鹿を見る結果になるんだ。だから俺は信じるを止めた。そんな惨めでみっともない最後を迎えるぐらいならのっけから信じない方が良いんだという結論に至った。

 

 そうした紆余曲折を経て、俺は俺のまま生きることに決めた。人間関係なんていうものは主従関係で成り立つものだ。弱者を強制的に従わせて靡かせる。気に入らない奴は徹底的に排除する。抗う者なら尚更だ。人生というのは人の為ではなく自分自身の為にあるもの。自分のためにどれだけ尽くせるかで人生は大きく変わる。

 

 神に助けられた人生を送る千載一遇のチャンスを与えられたと知って価値観が大きく変わった。生きるというのはこんなにも素晴らしくてとても貴重なものだと改めて気付いた。


 この世に生まれたからには、人生を好きなように思う存分楽しむべきだ。平凡で人並みの質素な生活では物足りないし幸せにもなれない。それぐらいで満足していたら、何の変哲もない冴えない普通の人生で終わってしまう。


 人間は完璧ではない上にそのような人間なんている筈が無いが、目指すことは出来る。自分の思い描く理想の形に。そして人生を他人より二、三倍楽しむために閃いたのが、人の上に立つことだった。

 

 自分の思う完璧な人生とは、人の上に立って成り立つものだ。他の誰よりも画一した幸せでマシな人生を送るにはそうするしかない。学年トップの成績を叩き出す。誰もが見惚れる学校一のマドンナを彼女にする。地位と力を利用して捻じ伏せて支配する。


 そうしたステータスを手に入れることで誰にも越えられない絶対的な存在であることを知らしめ、ヒエラルキーのトップに君臨し、憧れや羨望の眼差しを向けられ注目を浴びて優越感に浸ることで俺という存在が更に光り輝く。

 

 この完璧な青春が彩りとなって僕の人生に添えられ、普遍的な生活を送る者が一度は願ったことがあるような、理想と夢が詰まったかけがえのない完璧な人生として完成する。


 それこそが自分にとって至上の悦びであり、並の凡人では辿り着けない境地であると言える。自分の人生の主人公はこの俺だ。俺以外の登場人物は皆、花を添えるただの脇役に過ぎない。

 

 そのためにはいかなる障壁や妨害があってはならない。今巷でもてはやされている名も無き自警団がその最たる例だ。残念ながら俺一人の力では限界がある。神出鬼没の奴を炙り出すには、ハッキングが得意な楠本と半グレの不良たちを束ねる平沼の協力が不可欠だと睨み、茜も同じく一軍に迎え入れて今に至る。

 

 いずれ事が済んだら切り捨てるので、互いに持ちつ持たれつ、当たり障りのない人間関係を築いているつもりだけど正直面倒臭い。自分のプライドを曲げて嫌々つるんでいるからには絶対に正体を炙り出して完膚なきまでに叩きのめしてやる。


 そしてその時は確実に近づいてきている。

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