第23話 <回想>茜と「まこ」②

「隣のA組の市宮茜だよね。こっち来てよ」と呼んできたので、その透き通るような声に導かれるように茜は城崎に歩いて近づいていった。距離が近づく毎に緊張が高まって心拍数が上昇していくのを感じる。


「城崎、真さん……?」


「そうだよ。実は君に話があってさ」


「あっ、私もです」


「えっ、そうなの? 奇遇だね。じゃあいいよ、先に言って」


「あっ、はい、あの……」と最初に伝えたいことを伝えようとして気持ちが高ぶって言葉に支えてしまう。


「ん、何?」


「えっと……あの時、私を助けてくださって、ありがとうございます」となんとか気持ちを落ち着かせながら照れくさそうに言い切った。勇気を振り絞って伝えたものの、緊張と恥ずかしさでどうにかなりそうだった。


「ごめん、何のこと?」と訊いてきたので、何の冗談かなと思った茜がふと目を疑う。


「あっ、あの、小学生の時に公園で転んで足に傷を負って泣いてる私に近づいて絆創膏と傘を……」


「ああ、あの時ね! 勿論覚えてるよ。まさかこんなところで君と再会出来るなんてまるで夢のようだよ」


「わ、私もです! あの時は本当にありがとうございました」とあの出来事を覚えていてくれていたことについ感極まる。


「あっ、ごめんなさい。それで、私に話があるというのは?」


「そうそう。聞いたよ。君の両親、今大変なんだって?」


「……どうしてそんなことを?」遂に城崎にも伝わっていたことに驚きを隠せず、一気に血相を変えた。


「変な噂を耳にしちゃって。それで市宮さんのことが心配で放っておけなくなって今日ここに呼んだんだ。本当だったらヤバいんじゃない? そういう噂って独り歩きしてあっという間に広がっていって益々息苦しくなると思うから」


「……父さんが本当にそんなことしてるのかどうかなんて私にも分からないけど、そう思われても仕方ないのかなって……このままじゃ私、家にも学校にも居場所を失う気がして毎日とても怖くて。もう、どうすればいいのか分かんなくて……」


 と自分の置かれている状況を振り返り、不安と恐怖に圧し潰されてしまいそうで自然と涙が溢れ出た。その刹那、城崎がパッと両手を出して茜を抱きしめた。茜は何をされているのか理解出来ずただ茫然としている。


「俺が君を守ってやる」と茜を抱きしめたまま耳元近くで声を低くして呟く。


「それってどういう……」と言うと、城崎が一旦離して面と向き合うように茜の体勢を変えて次のことを告げる。


「俺の彼女になってくれ。俺がこの学校にいる限りは誰も俺に逆らえないし、たとえ君の家庭の事情が他の連中に知れ渡ったとしても誰も君のことを非難する奴はいない。それどころか、充実した学園生活を送れるようにする。約束だ」と一途な眼差しで誓いを立てる。


「城崎さん……」といつの間にか城崎に対してうっとりしていた。あまりにも素敵な告白に天にも昇るような気持ちだった。


「俺は君のことを知っている。可愛いのはもとより、実直で真面目なところとかを見てどんどん好きになっていったり、時折寂しそうな表情を浮かべているところを見ると守りたくなったりする自分がいるんだ。だから、もう泣かなくていい。俺と付き合ってくれ!」ともう一度、今度は先ほどよりも強めにギュッと抱きしめる。


「はい……」城崎の愛の籠った抱擁に茜も顔が綻び、安心したように城崎の胸に顔をうずめる。


「これでもう大丈夫だよ」

 

 真のこの一言を聞いて、ずっと印象に残っていた男の子の台詞と重なり、ハッとなって心を打たれた。やっぱり真は間違いなくあの時怪我をして蹲ってどうしようもなくなって泣いていた自分に傘と絆創膏を渡してくれた「まこ」なる男の子だったと確信する。


 そして今、助けてくれた真とこうして感動的な再会を果たせただけでなく、私の身を案じたその解決策が「彼女にして精一杯守り抜く」という大胆な告白までしてくれた。ならば尚更断る理由なんてあり得ない。こんな告白なら、私に限らずどんな女性だって断らない筈だった。

 

 まさに真は私を二度も助けてくれた恩人だ。彼といる限り私の身の安全は保障されるが、それでは申し訳ない。


 今日この瞬間から真の彼女になったからには、やっぱり相応しい彼女になれるように勉強や生徒会や学級委員といった活動にも精力的に努めないといけない。冷ややかな目で見られないためにもファッションや美容に気を遣って外見も変えないといけない。


 真といればどんなことも怖くなかった。どんな困難や苦しみも乗り越えられる気がした。

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