第20話 献上金

「何しに来たの。とにかく僕は忙しいんだけど」


「冷たいね、せっかくお友達が来てるっていうのに、もうちょっともてなしてくれるとありがたいなぁ。富裕層って皆そうなのかい? まぁこんな豪華な家に住んでいてこの上ない生活に慣れているからなぁ。随分頭が高いじゃん、二軍の分際で」邪険に扱われた城崎が真剣な口調で反論する。


「……ごめん」


「この前言った未払いの献上金、用意出来た?」


 その瞬間、洸太は川のほとりのベンチで交わした会話を想起し、ベッドのマットレスの下に隠してあった茶色い封筒を取り出して渡した。あのベンチでのやり取りの後、自分の全財産から三万円を封筒に入れていた。


 近いうちに催促してくると思っていたが、まさかこんなに早いタイミングで要求してくるとは予想外だった。渡された封筒には三万円入っていることを確認したものの、どこか腑に落ちない様子だった。


「悪いんだけどさ、あと二万円足してもらえるかな? 猶予を与えた分の利子だと思ってもらえればいいよ」と、城崎がレストランで料理のお代わりを注文してくるような言い方で言ってきたが、洸太は一瞬何を言っているのか理解できなかった。


「実はちょっと物入りでさ。どうしても必要なんだよね」瞼を瞬かせて呆気に取られている洸太を見て城崎はありきたりな理由を述べる。


「だったら君もバイトすれば良いんじゃないの? 今月はもう、これしか無くて……」真面目に返すのが馬鹿馬鹿しいほどに、抽象的で掴みどころが無い理由に呆れて、これ以上は勘弁してほしいと言わんばかりに申し訳なさそうに明かすと、城崎が「何?」と反射的に答えた直後に洸太の胸倉をガシッと掴んで引き寄せる。


「お前の状況なんて知ったこっちゃねえんだよ。良いからさっさと払え」


「ごめん、今すぐには……」


「へー、この俺に口答えするんだ。いい度胸じゃん。こっちがわざわざ下手に出てやってるっていうのにさ。だったらお前がバイトしてる件と、聖央大に合格できないことを今から母親に打ち明けようか?」


「えっ」


「実はチラッと聞いてしまったんだよね。お前が聖央大には合格できないってこと。母親は随分とお前に期待を寄せているらしいね。バレたらどうなっちゃうんだろう。それこそ怒鳴り散らされて勘当されるんじゃないかな。


それもそれで見物だね、アハハハ。それに比べたら五万円なんて安いと思うけどねえ。どうする、全部バラしてやろうか?」と、弱みをダシにして恐喝し、胸倉を掴んでいる手を離して部屋から出ようとする。


「ま、待ってくれ!」と、大声を出して制した。


「あぁ?」


「分かった……分かったから言わないでくれ、頼む」堪忍した様子で懇願し、こんなこともあろうかとクローゼットの中にあった小型の金庫から、密かに隠しておいた二万円を取り出して恐る恐る渡す。震える手で差し出されたその二万円を、さっさと寄越せよと言わんばかりに城崎が冷徹に掠め取る。


「何だよ、あるじゃねえかよ。下手な嘘はつかなくていいからさ。じゃあ毎度あり」と礼を言って鞄に仕舞った。振り込まれたばかりの一ヶ月分のアルバイト代が一瞬にして消えた。

 

 秘密という弱みを掴むまでどこまでも付け回し、それを脅し文句として使ってお金を毟り取る。それが城崎の常套手段だった。モンスターペアレントである母親と縁を切って一人で自立していける資金を貯蓄するために、隠れてアルバイトに励んだところで城崎に搾取されれば意味が無い。母親は母親で厄介だが、城崎もそれに匹敵するほど厄介な存在であることを改めて思い知る。


「どうせ皆嘘吐きだ。俺も、学校の先生も、クラスの同級生たちも、お母さんもお父さんも平沼も楠本もそしてお前も。誰だって一度や二度嘘を吐いたことがあるだろ。


生まれてこのかた嘘を吐いたことが無い人間なんているわけがない。『嘘吐きは泥棒の始まり』っていう言葉があるけど、もしその言葉通りに受け止めるならばこの世にいる人間皆泥棒になってるよ。

 

でもそんなこと無いだろ。別に嘘を吐くなって言いたいわけじゃない。吐いて良い嘘と吐いてはいけない嘘の二種類ある。そしてお前は後者を選択した。ただそれだけのことだ。最初から正直にスッと出せば良かったんだよ。お前は俺に従うしかないんだからさ。


俺はそうやって人の嘘に付け込んで従える人間を増やしていく。誰も俺に逆らうことなんて出来やしないのさ」城崎が優越感に満ちた清々しい顔で自分の哲学と野望を語っていたが、洸太は大切な貯金を奪われ呆然自失していて、ほとんど聞いていなかった。


「じゃあね、優等生君。邪魔したね。今後もし俺達に反抗したら、どうなるか分かってるよな? まあお前は裏切らないと信じているけどさ。ああ、見送りはいいから」


 そんな洸太を脇目も振らず、いつの間に変える支度をしていた城崎は鞄を持って振り返り清々しい表情で念を押すと、ドアを開けて部屋を後にする。洸太は城崎の言葉を呑み込むように唾を飲んだ。

 

 机に置いてあるティッシュケースからティッシュを一枚取って鼻をかみ、その後丸めてゴミ箱に捨てようとした時、ごみ箱に捨てた筈の模擬試験の結果が無かった。それを見て一気に心臓の鼓動が速くなった。


 考えられる可能性としては城崎がこっそり持って行ったか、自分がいない間に母親が部屋の掃除に来たときに拾ったか。部屋の窓から城崎が母親とともに歩いていく姿が見えた。


 洸太の視線を感じたのか、城崎が後ろを振り返って邪悪な笑顔を向けている。すぐにでも公園のごみ箱に捨てておけば良かったと唇を噛む。

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