第18話 二者面談②

「それで、模試の結果はどうだった? 届いただろ」と手元に置いてある成績表を見ながら話す。


「はい」


「それで、結果は?」


「……聖央大学の合格確率はCでした」


「そうか。まあ薄々感じていたんだよね。ここのところ遅刻と早退も前期より多くなってるし、偏差値だって前回のフィフティエイトからフィフティまで下がってるじゃん。この間の国語の授業だって、また途中で抜け出して保健室に行ったそうだね」と険しい表情を浮かべて腕を組んで背もたれに寄りかかった。いかにも洸太と話したくなさそうな態度を取っている。


「あっ、はい……」


「これだといつ四十台に下がってもおかしくないよ。どうしたの。ずっと気になってたんだけど、本当に病気なの? それともサボり?」


「いえ、決してサボりというわけではないんです。本当なんです……」と必死に弁明する。


「どうせサボりでしょ。ただでさえ五十台が最低ラインなのに、それが四十台にまで下がるとか前代未聞だからね。今だから訊くけどさ、本当にやる気あるの? 受験生としての自覚持ってるの? もう受験始まってるんだよ。分かってるよね」と発する言葉に合わせてリズムを取りながら机を叩いた。


「あります。全力を尽くすつもりです」と今表現できる精一杯の意気込みを口にした。


「あのね、申し訳ないんだけどさ、全力を尽くしていいのはそのポテンシャルがある人だけなんだよ。君からはエネルギーというか覇気がいかんせん伝わってこないんだよね。俺はその聖央大学の出身で偏差値は七十八。セブンティエイト。教育研究会にも入って日本の教育をいかに高めていくかを日々研究している中でも毎日家でも勉強を欠かさなかったんだよね。君は家でもちゃんと勉強してるの?」


「五、六時間ほど……」


「全然足りないよそれじゃ。ちなみに俺は聖央大学に入るために少なくとも毎日十時間ぐらい勉強してたんだ。同じ聖央大狙ってる城崎や市宮なんて九時間ぐらいだよ。君だってどこかの部活やサークルにも入ってないんだろ? もし本気で目指すつもりならそれぐらいはやらないと話にならないね」


「は、はい……」

 

 まさか城崎や茜と比較されるなんて思ってもみなかったので、返答に窮した。これ以上先生のお説教を聞いていたらどうにかなってしまいそうだ。直ちにこの場から離れたい、逃げたい気持ちに駆られてこの前みたいに自分の内なる力がまた暴走するかもしれない。


「とは言ったものの、中間と期末試験の点数もこの状態だと正直に言って厳しいね。聖央大を卒業した俺からも言わせてもらうと、今から頑張って全力を尽くしたとしてもどうせ落ちるだけだよ」


「今から毎日十時間勉強したとしても、ですか?」


「挽回は難しいだろうね。試験の点数は直接偏差値に影響するからね。偏差値が下がれば受けられる大学のレベルも低くなるし、選択できる数も少なくなる」と通知表を見ながら答えた。


「そう、ですか……」


 自分では何となく分かっていた筈なのに心のどこかでその事実を受け入れたくないという思いがあった。だからこうやって人に改めてはっきり言われると心に来るものがある。もう自棄になっていっそのことこの職員室ごと先生を吹き飛ばしてやろうかという暴力的な衝動に駆られたが、そうなると一気に自分の立場が悪くなる上に間違いなく路頭に迷うことになる。


 この瞬間はこの先ずっと続く訳じゃない。いつか必ず終わりを迎える。今は辛抱時だと見て込み上げるぐちゃぐちゃの感情を必死に抑え込んだ。


「この際今の偏差値に合わせて狙う大学のレベルを下げてみたらどうかな。聖央大一つに絞ったままだと、恐らく十分な対策も取れないで最悪受験に失敗してしまうと思うよ。母親は何て言ってるの?」


「母親も、レベルを下げた方が良いと言ってました……」無論これはれっきとした嘘だった。結果は母親に見せずにくしゃくしゃに丸めてごみ箱に捨てていた。


「苦しいだろうけど仕方ないよ。先生や親の期待に応えようとして必死に頑張ったけど、それが逆にプレッシャーになって心身ともに疲れてしまったんだと思う。無理難題だったんだよ。ぶっちゃけ今まで苦しかっただろう。これは光山の素質に期待した私たち先生の責任でもあるんだ」慰めるように優しく話す。


「で、ですが……」何とか希望を見出そうとする洸太。


「うちの学校にとっても大事な時期なんだ。浪人するようなことになったら、うちの学校の印象も悪くなるし進学率も下がるからね。いいかい、これは君の為でもあるんだ」


「そ、そうですね……」洸太が観念するかのように項垂れる。


「じゃあ放課後に俺の方からも改めて連絡を入れておくよ」


「あ、いえ、僕の方からちゃんと伝えますので。そ、それでは失礼いたします」慌てて制して逃げるように職員室を後にし、震える足で帰り道を歩いていく。恐怖と不安で今にも押し潰されてしまいそうだった。


 家に近づく毎に歩くスピードが遅くなっていく。そんな八方塞がりの状況に頭を抱える中、更に追い打ちをかけるように例の耳鳴りとともに頭痛が襲ってきて、近くの電柱に手を掛けた。


≪どうしよう……このままだと、母親との約束を破ることになる。いや、聖央大学を目指すのはそもそも母親に無理矢理押し付けられた到底達成できない目標であって、自分の本心ではないじゃないか。


まずい、来週から三者面談が始まる。もうこれ以上秘密にしておくことは出来ない。そこで聖央大は無理だということを母親が知ったら一巻の終わりだ。ああ、段々頭が痛くなってきた。頭痛薬でも治らないなんて。何で……この頭痛さえなければ今まで通りに過ごせたのに……やめろ……僕の中に入るなあああ!≫

 

 時とともに痛みが増す頭痛に苦しむ中、触れていた電柱の柱の部分を誤って強く握ったところ、粉々に砕けてバランスを保てず傾き始め、いよいよ電線が切れて倒れてきた。倒れる方向に通行人がいることに気付き、自分の方に向かって倒れていく電柱を見て驚いて尻もちを着く。


 あわや電柱の下敷きになるところで洸太が“力”を使い、位置をずらして電柱は道路に倒れ込む。通行人は無事でその他に怪我人はいなかった。


 通行人の無事を確認したところで何事かと気になった家の住民がぞろぞろ出てきたので、洸太は逃げるように走ってその場を後にした。

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