第17話 二者面談①

 遂にこの日が来てしまった。担任の先生との二者面談の日だ。これまでの学校生活でも授業中に保健室に行くことが多く、その分人一倍努力して家でも勉強に励んだがこれといった結果を残すことができずにいた。それもこれも全部この原因不明の頭痛の所為だった。

 

 この面談でこれから先生にどんなことを言われるのか内心想像が付いていた。洸太が最も恐れているのは、この結果を母親にどう報告したらいいのか分からないということだった。この面談で下されるのは厳しい判断に違いない。それを母親に伝えると思うと恐怖で足が竦む。

 

 今日という日を迎える恐怖もあってか、昨夜はまともな睡眠が取れなかった。その上恐ろしい悪夢にまで魘されてハッと目が覚めた。母親を分厚い国語辞典で滅多打ちにして惨殺する夢を見て、凶暴化してしまった自分に驚いて起きたのだった。夢は自分の心を投影しているとも言える。

 

 建前では服従する姿勢を見せても、腹の内では母親の束縛から自由になりたいという願望がある。その胸の内が夢として具現化されたのかもしれないと分析した。意味はどうあれ、恐ろしい夢であることに変わりはない。

 

 何度も寝返りを打つもなかなか寝付けない。この際だから、母親の寝室に向かおうと行動を起こした。父親について尋ねた際、母親があそこまで激昂するのにはきっと何か理由がある筈だと睨んで、父親のことについて何か分かるのではないかと母親の寝室に行った。


 ドアをゆっくり開けて忍者のようにこっそり忍び込んで、窓際に置いてあるベッドで眠っている母親を起こさないように音を殺してそっと入っていく。寝室に差し込む月の光が神秘的な雰囲気を醸し出していた。

 

 そこでふと、ベッドの隣にあった机に目を向ける。近づいてよく見ると机の上には一枚の封筒があった。定期検診の結果で、鋏で開けたのだろうか、切り口が綺麗だった。


 恐る恐る中身を開けて寝室を照らす月明かりを頼りに読んでみたところ、検査項目の結果がびっしり書かれてある中で一際目に留まったのが血液型で、そこに記されていたのは母親がO型だということだった。以前自分が学校で血液検査を受けたときは確かAB型とされていた。

 

 それはABO血液型という、メンデルの法則に基づいた理論による血液型の組み合わせとその確率に則れば、全く関係ない血液型が生まれるという例外は存在するものの、基本的にO型からAB型は生まれることはない。

 

 この事実に驚愕した洸太は母親に対する不信感を覚えた。模試の結果と言い、血液型と言い、これから母親とどのように接していけばいいのか分からなくなってきた。いっそのこと、母親が寝ている間に首を絞めて殺してやれば良かったという邪な考えが浮かんで来る自分に吃驚している。

 

 廊下で待っていると、進路指導室から市宮茜が出てきた。数秒程目が合ったがすぐに逸らして洸太の前を通り過ぎ、歩いて去って行く茜の背中を目で追う。

 

 腰まで伸びたストレートで艶のある黒髪にモデルのような華奢で抜群のプロポーションと、その魅力的でキュートな笑顔で周囲を魅了し、男子に限らず女子からも人気を集めていた。


 噂では芸能事務所のスカウトを何度か受けたことがあるらしく、去年に続いて今年のミスコンにも出場して見事優勝するという輝かしい経歴も持っている。


 またプライベートでは、自転車で都内を駆け巡っては、ガイドブックに載っていない隠れた名所をSNSに投稿するトラベルインフルエンサーの活動をしており、高校生ながら既に十万人以上のフォロワーがいる。

 

 しかし、美麗な見た目とは裏腹に棘のある性格をしており、どこかとっつきにくいところもあってそこはかとなく壁を感じることがある。これは恐らく城崎と交際したことで影響を受けて知らない内に変わったのではないかと洸太は考えた。


 自分が良いと思ったものや興味のあるもの以外には一切目もくれず、思ったことがあったら誰であろうと関係なくズバッと口にするその強かさと真面目さを買われて学級委員長を務めている。


 また、上昇志向も非常に高く、実際に彼女の成績も飛躍的に伸びていって今では学年順位のトップに食い込むほどまでになった。まさに容姿端麗で成績優秀という要素を併せ持つ才媛だった。

 

 城崎と付き合っている上で、何も良い面だけでなく悪い面も引き出されることとなった。生徒の皆が下校した放課後のある日、茜と浩紀の二人が廊下で会っているところを洸太が偶然目撃してしまう。茜が「岡部君」と言って駆け寄っていく。あの学園一のマドンナである茜が浩紀に一体何の用があるのだろうかと気になった。

 

 浩紀も浩紀で茜にとって眼中にない筈の存在である自分にどうして駆け寄ってくるのだろうかと戸惑いつつ、その美しさと可愛さに見惚れてしまい、まるで夢心地のような気分になって顔が綻ぶ。洸太は壁に背を寄せて感付かれないようにそっと振り向くと、茜が浩紀の肩に手を掛けて耳元で何かを囁いた。


 そして何を言われたのか、浩紀がいきなり血相を変えて後ずさりして逃げていく。その時茜は後を追わず、満足げにほくそ笑んでいるだけだった。その翌日から浩紀は学校に来なくなった挙句失踪した。

 

 茜と浩紀の間にこれといった関係性は見えない。偶然廊下で会ったのかそれとも時間を決めて会ったのか。


 その上で茜に何を呟かれて浩紀が一目散に走って帰ったのかは不明だが、急に血の気が引いて青ざめたということは、少なからず何か脅すようなことを言われたのだろうと推測する。どちらにせよあの場には茜と浩紀の二人以外他に誰もいなかったので、知っているのは茜だけだ。

 

 浩紀と二人で会っていた件も含めて、中学の頃の大人しかった彼女とは雰囲気がすっかり変わってしまった。昔のような穏やかだった頃の面影なんて最早どこにも無い。


 かつての茜は一体どこへいってしまったのだろうかと気落ちしていた時、進路指導室のドアが開いて担任の先生に名前を呼ばれたので、「失礼します」と言って入る。


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