第16話 東漣、定期連絡

 その夜。東は浩紀が数日前に消息を絶ったと思われる横島岬に来ていた。岬の七割以上の部分が無くなっており、踏み入れられる場所が小さくなっている。波が真下の岩礁に規則的に打ち寄せる音が聞こえる。


 警察の調べによれば、浩紀は自殺するためにこの場所を訪れたが、何かの拍子で突如崩落し、岩塊と共に海へ落下したと見立てている。事件性は低く事故として今でも捜索中だという。手に持っていたとある山の麓の土の中からスコップで掘り出した、ステンレス製の小箱に入っていたスマートフォンが鳴った。誰かからの着信だった。


「はい、こちらレイヴン。ご連絡をお待ちいたしておりましたルシファスさん」


<こちら本部。レイヴンさん。お話をする前に、盗聴器を付けられていないか、見知らぬ者に尾行されていないか、もう一度身の回りを確認してみてください>


「あっはい。前回同様、誰にも尾行されず無事に監視から逃れていますのでご安心していただければと思います」ルシファスの要求に一瞬戸惑うも、対策をしっかり取っていることを伝えた。


<念には念を入れて訊いたまでです。半年の潜入捜査で信頼を勝ち取ったとはいえどんな手を使ってくるか分からない連中です。万が一の事態も起こり得ますし、そうなってしまったら手遅れになります。ご面倒ですがご理解ください>


「了解です。失礼いたしました」


<いえ。それでは、早速進捗状況をお聞きしましょう>


「はい。先ずは先日お話しした捜索中の三人の実験体ですが、依然として行方を掴めておりません。名前も素性も調べてみましたが手掛かりとなる情報は全員男性であることぐらいでした」


<まだ動きはありませんか。引き続き、今後の動向に注視してください>


「分かりました。ちなみに、暗号化して送った綾川の情報については調べて頂けましたか?」


<ええ。こちらで調べてみたところ、目的は違いますが協力者としては十分信用に足る人物であることに間違いないようですね>


「それを聞いてホッとしました。彼はあの研究所では唯一の協力者ですので。とはいえ、先ほどルシファスさんがおっしゃっていたように、万が一の事態もあり得ますので、その時は手配してくださった例の試作品を使って私一人で日本支部を制圧する覚悟です」と孤軍奮闘でも戦うことを表明した。


<それはあくまでも最終手段であることをお忘れなく。タイミングを見てもう一セット用意して送ります>


「承知いたしました。それから裏帳簿の在処を改めて調べてみましたが、やはりリストラで社員の殆どが入りたての研究員なので知っている筈もなく、その後綾川にどうにかハッキングして探してもらったところ、どうやらどのファイルやストレージにもそれらしきものは見当たりませんでした」


<こちらでも過去のファイルを片っ端から開いてみたところ、やはりありませんでした。ともすればデータとして保存されていない可能性が高いですね。そういった重要な情報は紙として自分の手に届くところに管理しておく。それが日本人の性というものです>


「つまり、裏帳簿を隠すとしたら社長室しか考えられない。そしてその存在を知っているのは社長及び秘書の二人だけというですね。恐らくあの部屋のどこかに保管されている筈なので、必ず探し出してみせます」


<裏帳簿だけあって入手には大分苦労するかと思いますが、よろしくお願いします>


「かしこまりました。それから例の件、ご対応いただき感謝します」


<お安い御用です。これは本部にとって朗報です。彼らの身柄と爆発シミュレーションのデータ類はこちらで預かっておきます。引き続き装置を奪取する手筈を整えておいてください。ちなみに、向こうが怪しんでいる様子は?>


「いいえ、今のところそういった動きは見受けられません。気付いていないだけなのか、それとも」


<決して気を緩めてはいけません。何をしでかすか分かりませんからね。油断や慢心は禁物です>


「心得ております。しかし、これで決定的になりましたね。あの男は核爆弾を造ろうとしていた」


<あくまで核物質を装填するための装置が出来上がったに過ぎません。肝心の核物質が無ければ単なる金属の塊でしかない。尤も、それも手中に収めてあるのなら話は変わりますが>


「まだそういった話は出ていないようですが、今まで以上に用心深く調査し、見つけ次第確保してみせます」


<くれぐれも怪しまれないように注意して慎重に行動するように。何にせよ社運を懸けた極秘作戦ですので。それから、仲良くしている適合者の詳細なデータも逐一報告するようにお願いします>


「かしこまりました。ところで、数日前の夜、あの岬で何をしていたのですか? 防犯カメラであなたの姿が映ってしまいまして。無論録画データは削除しておきましたけど」


<ああ、ただの観光ですよ>

とルシファスが東のこの質問に対して事務的で単調な口調で答えた。


「深夜に、ですか?」先程までの丁寧で親切な口調より低いトーンに下がっていることに東は気付いたが、それでも東は引き下がらず質問していった。


<何か問題でも?>


「あなた訪れたその翌日、崩落したそうです」


<元々地盤が弱かったのかもしれませんね。それとも私が原因だとでも言いたいのですか?>

 

 声のトーンがまた一段階下げて聞き返した。


「いえ、ただの興味本位で聞いたまでです」とこれ以上質問したら怒りを買うだろうと察して思い留まる。


<いくら協力関係にあるとはいえ、守秘義務と言うものがございますので余計な詮索はしないほうが自分の身の為ですよ>

 

 と電話口のルシファスがそう言い残して一方的に通信を切った。通信を切られてから東は怪訝そうな表情を浮かべながら考える。脅すような口調だったため、余程触れてほしくない何かしらの事情があるのだろうと読んで、一旦頭の片隅に置くことにした。

 

 それから東は暫く現場周辺を見渡し、真相を解き明かすのに繋がりそうな証拠を探し回ったが、道路沿いの電柱に監視カメラがあった程度で、それ以外は何も見つからなかった。


 帰ろうとしたその時、足元の雑草の葉に僅かに付着していた粉のような物質を指で擦り取って触感を確かめる。目を凝らさなければ見つけられないほど微量だったため、恐らく警察も見落としていたのだろうと察した。

 

 指に付いた粉を一粒も零さないように慎重に小袋の中に入れて持ち帰って検査することにし、謎の解明に一歩近づいた気がした。

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