第15話 その昔、ここは……

 自宅へ帰る途中でスウェットにパーカーを着ていた六十代くらいの男性が、築十年の白塗りでマンションの前に立っているのが見えた。信じられないといった様子で口元に手を当てて考え込んでいる。


 誰かを待っているのか、周辺を行ったり来たりしていた。洸太はその男性が何か事件を起こすのではないかと警戒してそのまま素通りしようとしたその時、その男性に気付かれて声を掛けられた。


「すみません、この近くに住んでいる者ですか?」と下手に出て尋ねる。


「あっ、はい……」と恐る恐る答えた。男性の見た目から法を犯しそうな不審者には見えないが、いざとなったら新たに体得した”力”を行使して拘束すればいいと心に決める。


「確かあやめの家という児童養護施設が昔あったのですが、この住所で間違いなかったですか?」とその施設の住所が記されていた紙を洸太に見せた。スマートフォンを取り出して書いてある住所を検索エンジンに入力して検索してみたところ、二人がいるマンションの住所と一致した。


「この場所で間違いないですね。このマンションは十年くらい前に建てられたそうです」それを聞いた男性が「そうですか」と残念そうに漏らした。


「調べてもらってすみません。何せここに来るのが十二年ぶりということもあって土地勘が鈍ってしまい、本当にここだったのかどうか不安に駆られていたところでした。十年か。もうそんな、前から……」男性は礼を言うと、マンションの方へ振り返って呟く。


「そういうことでしたか。まさかその前が児童養護施設だったなんて」


「ええ。私はその養護施設の管理を行っていたのですが、十二年前に火事で建物が焼失してしまって。私は諸事情で中々ここに来れず、気付けばあっという間に長い歳月が経ったというわけです。もう随分時が経ってるのにあの時の記憶が鮮明に蘇るんですよ」と男性が重々しく語った。二人の間に何とも言えない空気が流れる。


「火事ですか。じゃあ、子供たちは……?」


「幸い巻き込まれた子供はいませんでした。ただ、当時の子供たちの行方は分からないままで……今頃どこでどういう生活を送っているんでしょうね。もし生きているならあなたぐらいの年齢になっているのではないかな」と神妙な面持ちでマンションを見つめながら遠い記憶を呼び起こすように話す。


「そうですか。でも、きっとどこかで元気にやってると思いますよ」と励ます。洸太にはその言葉をかけるしか出来なかった。


「そうだと、良いですね。では、私はこれで。急に呼び止めてすみませんでした」と改めて礼を言って歩いていく。話を不審者ではなかったと安堵したと同時に、込み入った事情を抱えているその男性に対して、住所を検索して話を聞くことしかできなかったことに後ろめたさを覚えた。

 

 洸太は遠くなっていくその男性の後姿をじっと見つめている。心なしかその男性の背中には未練や罪悪感を背負っているように見えた。

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