第14話 復讐と服従①
病院で思わぬ再会を果たしてから数日後に雅人と会うこととなった。洸太はいつも通り図書館にスマートフォンを置いて母親の監視を逃れてから待ち合わせの場所に指定した家の近くの公園に着いた。
まだ雅人は来ていなかったので、端にあるベンチに腰掛けて待つことにした。周りを見渡すと、何故か妙な懐かしさを覚える。小さい頃からよく通りかかる見慣れた場所だからなのか、それとも友人達とよく一緒に遊ぶお決まりの遊び場だからなのかと思ったが、少なくともそのどれとも当てはまらないということは確かだった。
この感情のきっかけは何なのだろうかと思いあぐねていると、「お待たせ」と後ろから声を掛けられて我に返った。
「遅くなってごめん」と雅人が遅れてやってきて平謝りする。頬に痣のような痕が付いていた。
「いいよ、そんなに待ってないから。ところで、その顔の痣どうしたの?」
「ああ、別に大したこと無いから気にしないで」とはぐらかし、すかさず洸太の隣に座る。
「お前のお母さん、相変わらず厳しいかい?」
「うん、毎日怒られっぱなしだよ」
「大変そうだな。あのことでお前の母さんはまだ俺のことを恨んでるのか?」雅人が言った「あのこと?」と聞いて洸太はすぐに想起した。
それは、何年経っても忘れることのできない小学生の強烈な出来事だった。当時同じクラスで幼馴染の雅人と一緒に、雨の中を歩いて帰る途中で小川に架かる橋を渡ろうとしていた時、突然激しい頭痛に襲われ、立つことさえままならない状態で強風に吹かれて濡れたアスファルトに足を滑らせてしまい、激流と化した小川に落ちて流されていった。
洸太が川に落ちた瞬間、雅人がほぼ同時に川に飛び込んで無我夢中で洸太の方まで泳いでいって溺れかけていた洸太の手を掴んでなんとか川岸まで運んだ。
経緯を知った洸太の母親はあろうことか雅人に対して憤慨する。母親の言い分としては、雅人と一緒に遠回りせずに真っすぐ帰っていればこんな大事にならずに済んでいたのだという。終いには「あの子とはもう金輪際関わるんじゃない!」とまで言われる始末。
本来行くべきだった帰り道はその時丁度工事が行われていて通れず遠回りせざるを得なかったことと、命の恩人である彼に対して失礼じゃないかと反論したが、それでも母親は「向こうが悪い」と一歩も引き下がらず、止む無く二人して謝るしかなかった。その結果、雅人は洸太と距離を置くようになり、年を重ねるにつれて自ずと疎遠になっていった。
「まだ、根に持ってるよ……今でもことある毎に日向との関りを聞かれるし。正直、うんざりしてるんだよね。もうお互い何年も会ってないって言うのにさ」と母親に対する愚痴を零しながら、隣の空いているブランコに座り込む。
「それだけショックな出来事だったってことだろうな。母性の強い母親って大体そんなもんだよ。まあ俺はもう気にしてないけどね。とっくの昔の事だったし、お前ともこうしてまた会えたわけだしさ」
「本当は会うべきかどうか迷ってたんだ。出かける言い訳を考えるのも大変だったし。けど、ここのところずっと勉強漬けの毎日だったからヘトヘトだよ。だから今のこの時間っていうのはある意味僕にとっての休憩っていうか。といってもあまり時間は無いけどね。早く帰らないとお母さんがまた怒るからさ」
「どこか目指してる大学とかあるの?」
「うん、今度の大学受験で聖央大学に受かることを絶対条件にされてて」
「聖央大って日本で一番偏差値が高い大学だよね。随分とハードル高いな」
「何しろ、それ以外の大学は眼中にないって感じ。並々ならぬ努力が必要だけどやるしかない。やるしか無いんだ」と自分に言い聞かせるように熱っぽく言う。
「お前自身はどうなんだよ。本当にそれでいいのか? 話を聞く限り押し付けられているとしか思えない。俺だったらそんな親ととっくに縁切ってるけど」
「常識的に言えばそうするだろうね。誰だって耐えられる筈が無いよ。僕はそれでも嫌いになれないな。お母さんにまだ恩返し出来てないし」
「恩返し?」
「僕の予想だけど、あれ程熱の入った教育方針の裏にはきっとお母さん自身も聖央大学に行きたかったことが大きく関係しているのかもしれない。お母さんはこれまで僕の為に大声で咆えてきたり、気に食わない時は容赦なく暴力を振るったりしてきたのは自分の夢を代わりに叶えて欲しいからだ。
そう考えると、これから先いくらでも耐えられそうな気がするし、その教育熱心故の厳しさがあったからこそ今の僕がある。僕をここまで育ててくれたからには必ず聖央大学に合格すること。それがお母さんへの恩返しだ」
「お前がそう言うならいいけど。プレッシャーに潰されるなよ」
「ああ分かってるよ。そういう日向はどうなの? 何か目指したい夢とかあるの?」
「勿論さ」
「どんな夢?」
「うまく言えないけど、俺みたいな可哀想な人間を増やさないための活動に携わりたい、もしくはそういう団体に入りたいって感じかな」
「じゃあ何かの慈善活動を始めないとね。まずはそれからじゃないかな」
「実はもうやってるんだ。児童虐待に悩む子供たちを助けたり、性質の悪い不良を懲らしめたりしてるよ。今日だって、またオヤジ狩りしてる輩たちを蹴散らしてやったところさ」
「蹴散らした……一人で?」
「ああ、人数的に不利だったけど何とか倒せたよ。あいつらが負けて呆気なく逃げる姿が子犬のように情けなくってさ、つい大笑いしちゃった」と陽気に話す雅人に開いた口が塞がらない洸太だった。
「面白いだろ?」
「何が可笑しいんだよ。ああいう連中は意外とやられたらただでは起きないタイプが多いんだよ。近いうちに仕返しにやって来るよ。今度は顔に痣が出来たぐらいじゃ済まされないだろうね」と忠告した。
「心配いらねえよ。もしまた来たらぶっ飛ばせばいい話だし。そんな事より、お前にも協力してほしいことがあるんだけど」
「何?」
「実はこの前、岡部から相談があって――」
といよいよ本題を切り出した。雅人のこれまでの粛清活動の中でも最も重いとされていたのが浩紀の父親の殺害であった。殺害に至るまでの経緯を簡潔に話した上で、城崎やその他の連中を懲らしめる計画を手伝ってほしいと頼む。
浩紀が姿を消して以降、天涯孤独だと感じた雅人は洸太が超能力を開花させたと知って同類だと信じて意を決して告白した。最早頼れる人間は洸太しかいない。話を聞いた洸太は終始難しい顔をしていた。
「頼む。こればかりは俺一人では無理なんだ」と再度念を押す。
「勘弁してくれ。それを聞いて素直に『はい、わかりました』と承諾できるか」と一蹴する。
「こんなこと頼めるのはお前しかいないんだ」
「いくら何でもやり過ぎだよ。あいつらを裁くなんて。お前は知らないと思うけど、城崎の父親はうちの高校の校長なんだぞ」
「それでも、無念だった岡部の頼みなんだ。絶対に看過出来ない。小学生の頃からの付き合いもあるし、お前もよく話してただろ」
「……ごめん、やっぱり協力できない。危険すぎる。それに、僕は今こんなことに時間を費やしている場合じゃないんだ」と数秒間悩むも、ここは自分の身の安全を考えてきっぱり断った。
「ちょっと待てよ、誤魔化すな」
「僕には時間が無いんだ。本当にごめん」
「昨日の夜、どうしてあの家に現れた」逃げるように走り去っていく洸太を引き留めるように訊ねる。
「何のことだ」
「あの家はお前の自宅から数百メートルの距離はあった。普通に考えれば次の朝のニュースで初めて知る場合が多い。たとえ気付いたとしても自分とは無関係だと決めつけて寝床に就く筈だ」
「……じゃあ、あの母親と子供はお前が?」と目を見張って雅人の方へ振り返る。
「ああ、もう少し遅ければ手遅れだったかもしれない」
「となると、やっぱり父親が火をつけて無理心中を……」
「おかしいな。俺はあの家の家族構成について一言も言ってない筈だけど。どうして分かったんだ?」
「えっ」
「これで腑に落ちた。俺の見間違いなんかじゃなかったんだ。お前はあの母子が危機に陥る情景を見てたまらず駆けつけたんだ。まあ俺の方が一足早かったけどね」と謎が解けて得意げに話す。
「ぐ、偶然だ。仮にそうだったとしても僕の意見は変わらない。やりたければお前一人でやれ。じゃあな」そう言われた洸太は図星であることを隠しきれず、慌てて立ち去ろうとして踵を返す。
「光山! お前はもう気付いている筈だ。他の人には無い超常的な『力』を持ってしまっていることを。そしてその力はやがて制御出来なくなるんだ!」雅人が逃げるように歩み去っていく洸太に向かって叫んだ。
その意味深な言葉を聞いた洸太は一瞬歩みを止めたが、そのまま後ろを振り返らず歩き続けた。
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