第13話 <回想>岡部浩紀

 幼少期から、日常的に父親からドメスティックバイオレンスを受けていた浩紀と母親。夜な夜な溺れる程酒を飲んで酔っぱらって帰ってきては、日ごろのストレスや鬱憤を晴らすために母親に暴力を振るう惨めな毎日を送っていた。

 

 父親は昔、人を殺したことがあるという。勿論事の真贋は分からない単なるきな臭い噂でしかないのだが、どういう訳か近所の住民はては学校中にも広まって、その噂話を耳にした一軍の城崎たちに目を付けられ、更には授業中に「うるせえよ」と怒鳴られて恥をかかされた仕返しも含めていじめられるようになった。


 学校にも家にも自分の居場所が無いと感じた浩紀は、諸悪の根源である父に対して恨みを抱くようになる。その憎悪は日に日に増すばかりであった。

 

 ある晩、毎度の如く酔っぱらって母親を嬲っているところに浩紀が止めに入ったものの、呆気なく振り払われ、頭をテーブルの角にぶつけて怪我を負ってしまう。


 しかし、自分が怪我するよりも母親がどうすることも出来ず、されるがままに無残に痛めつけられる姿を見る方が耐えられなかった。早急に対策を打たなければ遅かれ早かれ自分も母親も殺されてしまうと案じた。

 

 ある日、自分だけではあの男を裁けないと悟った浩紀は雅人に会いに行き、震える声で裁いて欲しいと懇願する。無理ならば自分で直接殺すと涙ながらに告げる。


 浩紀と雅人は「超能力」が使える者同士で、そのことを互いに打ち明けた当初から能力の使い方が一枚上手だった雅人に指南してもらっており、雅人と過ごす時間だけが唯一の安らぐ時間だった。大事な友の相談を聞いて事態を重く受け止めた雅人は渋々承諾し、浩紀の父親の殺害計画を企てることになる。

 

 殺害方法はいたって単純だった。雅人は浩紀と母親に、「その日の夜は出かけておくこと」と伝え、留守にさせる。新品の包丁を袋に入れて家のポストに投函する。父親が今日も相変わらず酔っぱらって帰って来た。玄関のポストから小包を取り出し、家に入って中身を開けると、新聞で包まれていた包丁だった。


「おい、いないのか」と叫ぶも当然返事は無い。

 

 すると、包丁がひとりでに浮かんでそれを見た父親は、さすがに正気を取り戻して驚き「うおおおお」と叫び声を上げ、腰を抜かしてしまった。包丁は狙いすましたように刃先を父親の方を向いて弾丸のように一直線に飛んでいく。


 勢いよく飛んで来る包丁を父親は躱す暇も無く、刃渡り二十センチの包丁は父親の左胸に深々と刺さり、傷口からドロドロの血液が流れ、床を赤茶色く染めた。

 

 合図を受け、帰って来た浩紀が父親の姿に少し驚いた様子だったが、雅人がやってくれたと分かって安心したように微笑んだ。仰向けに倒れている父親のところへ恐る恐る近づいていくと、まだ辛うじて息があった父親と目が合った。


「助けて」と、声を絞り出すように救いを求める父親の胸に突き刺さったナイフを念力でグッと押し込んで止めを刺し、父親は怯えたような表情をしたまま絶命する。それを玄関から見ていた母親が目を見開いて甲高い声で叫喚した。

 

 遺体の第一発見者として警察の事情聴取を受けたが、凶器のナイフには触れていないので指紋は検出されず、母親と出かけていたというアリバイも証明されて疑いが晴れた。これで父親の殺害に成功した。


 やっと父親の呪縛から解放されたと安堵した浩紀が晴れ晴れした気持ちで学校に行ったところ、学校中の生徒たちから「父親殺し」と罵られ、「私たちも殺されてしまうのでは?」という悪い噂が出回り始め、誰からも忌避されるようになる。


 いじめは収まるどころか益々酷くなっていくばかり。学校の先生たちも浩紀を腫れ物のように扱って避けるようになり、更に追い打ちをかけるように母親が病に倒れてしまった。

 

 こうした事態を受け、後日浩紀は雅人と会うことになり、「お前の所為だ! お前がちゃんと殺してくれていたら……お前なんかに頼んだ俺が馬鹿だったよ!」と雅人に会うやいなや彼の胸倉をガシッと掴んで問い詰め、雅人はショックでただただ呆然としている。

 

 苦しそうに叫ぶ浩紀を見て、雅人は彼の父親を排除すれば万事解決だというその考えが甘かったと痛感する。それなのに浩紀の現状など露知らず、状況がさぞ好転して物事が上向いているだろうと楽観的に考えていた。


 大事な友人のことなど何一つ考えていなかった自分の不甲斐なさに自責の念に駆られる。浩紀も浩紀で、こんな奴に頼ってしまった自分に憤りを覚える。

 

 事態の収拾が付けられず、居場所もなくなって精神的に追い詰められた浩紀は、ほどなくして姿を消した。それを聞きつけた雅人が浩紀の家を訪れた際、浩紀の母親と会話をして一枚の手紙を見せられる。その手紙は、浩紀が失踪した日に整理整頓されていた自室の机の上に置いてあったものだった。

 

 手紙には不規則に並んでいた数字の列がずっしり書いてあって、何を意図して書いたものか分からなかったが、何かを伝えようとしているに違いないと読んだ雅人は解読を試みる。


 あらゆる方法を使って数字を文字に置き換えて解読してみたところ、「あいつらが憎い」という一文に漸く辿り着いた。

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