第10話 <回想>少年ペレと赤ん坊

 十八年前。倉本がネオテックアメリカ本部の研究員の見習いとして勤務していた頃のこと。当時被検体として過激な人体実験を施した、ペレというスウェーデン人の少年が監視の目を盗んで研究所から脱走。性格が非常に攻撃的且つ暴力的な上に狡賢い。


 研究所へ連れられた当初からことある毎にすぐ問題行動を起こす等、職員たちの頭を悩ませる非行少年で、トラブルを毎度毎度繰り返すそペレを戒めようと、行う実験の過激さも増していった。すると当時の主任研究員が、度重なる過酷な実験のストレスで疲労困憊しているのを見かねて脱走を手引きした。

 

 こういった不測の事態を想定して背中に位置情報を知らせるマイクロチップが内蔵されてある。速やかに現在地を調べたところ、カリフォルニアの研究所から数百キロ離れたフロリダ州のとある町の道路沿いにて、倒れてそのまま町の州立病院に搬送されたことが分かった。当時見習いで主任研究員の助手だった倉本が急いで回収に向かう。病院に到着した時には既に手遅れで、ペレは亡くなっていた。

 

 死因は栄養失調による衰弱死で、逃走中に飲まず食わず、具体的な行先も決めないで逃避行をした末にフロリダに行き着いて力尽きたのだろうと推察できた。


 たったの数日でアメリカを陸路で横断したのも驚きだが、食欲に負けずただ必死に逃げ続けてきたというその気力と胆力にも最早驚きを通り越して感心させられる。枯れ枝のようにげっそりと痩せ細った少年の亡骸を前に倉本は頭を抱えた。

 

 本来であれば連れ戻す筈が、まさかもう亡くなっているなんて夢にも思わず、遺体の回収となると費用と時間がそれなりにかかることが見込まれる。どう対処したら良いのか考えても分からないので倉本はすぐに事情を本部に説明して処分の連絡を待っていた時、近くにあった分娩室で新しい命が生まれた。

 

 しかし、その赤子は生まれつき敗血症と重い心疾患を患っており、一刻も早く移植手術を施さなければならないほど重篤の状態で、手術を行うには代わりの心肺と大量の血液が必要だった。患者の血液型を調べたところA型だということが分かったが、病院では偶然にも大型のオペが重なったため、もうA型の血液の在庫を切らしていた。

 

 同じ型の血液を確保するには近くの病院に在庫を確認して運搬してもらう必要があるが、手術に間に合わない可能性が高い。予断を許さない状況である上に、一人息子を何としてでも救ってほしいというご家族の方の歎願もあって倉本が閃いたのは、つい先ほど亡くなってしまったペレの心肺と血液を使って手術を行うということだった。


 ペレの血液型は一切抗原を持たないRh null型という万能の血液型で、どの型の人間に輸血しても拒絶反応は起きない。

 

 不謹慎だが、亡くなって間もないので遺体はとてもフレッシュであり、新鮮な状態で必要な臓器を提供出来る。倉本は許可を得るために急遽に本部に連絡を入れ、存在した証拠と記録は一切残さないことを条件に社長直々の許可が下りた。社長命令は絶対遵守だ。幸いこのペレには残された遺族はもういない。医師たちは手際よく準備を済ませて直ちに手術が始まった。

 

 手術は長時間に及んだが無事成功し、こうして赤子は健康児と変わらない状態として人生を送ることが出来るようになる。倉本は、亡くなってしまったペレの入院・死亡記録及び移植して生き延びた患者の入院と手術記録を可及的速やかに抹消するように強く指示する。


 こうしてペレは誰にも知られることなく処分された。

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