第8話 完璧な人間

 非の打ちどころのない完璧な人間なんてこの世に存在しない。存在する筈がない。狙って撃った銃弾が全て的の中心に命中するとは限らない。うち二、三発は何らかの理由で外れてしまうことがよくある。それと同じように、全ての物事を最初からミス無く完璧に卒なくこなせる人間なんているわけがないのだ。


 もしいるとしたらそれは、人間ではなく我々の常識では計ることのできない神や悪魔といった、人智を超えた超常的かつ異形の存在として畏怖され、忌避されるだろう。不完全に出来ているからこそ、それが逆に人間らしいともいえる。

 

 どんな難儀なこともさぞ朝飯前のように、涼し気な顔で容易く且つ鮮やかに処理できる天才に憧れたり、比較されて卑屈になったりすることも多々ある。何の役にも立てないポンコツより、どんな物事も臨機応変に立ち回れて乗り越える天才になりたいと思っている人間が殆どだろう。


 人生というのは残酷なもので、人間は誰しも欠点を持ってこの世に生を受けるように出来ており、時としてその欠点が思わぬミスやトラブルの引き金となってしまう場合もある。

 

 それらの失敗から学び、次に活かして改善していくことで、前の自分より優れた状態に進化することが出来る強さと賢さも併せ持っている。その失敗と修正の繰り返しを成長と言い、生きる上で自分をより良い状態にしようと求め続ける限り、成長にゴールは無い。


 対して完璧な人間は今現在の自分に満足しているがために成長意欲が無い。その状態で留まって何をするにもつまらないと感じてしまい、ゆくゆくは生きることにも絶望するだろう。完璧とは成長の終着地点である。

 

 自分の場合、水恐怖症と頭痛という二つの致命的な欠点を持つ。水恐怖症は小さい頃、雨風の強い日に風に吹かれて足を滑らせ、川に落ちて激流に流されて溺れかけたことがトラウマになり、それ以来河川に限らず「水」を連想させる雨や水道水といったものを見るだけでも生理的な恐怖を呼び起こすようになった。

 

 頭痛に関しては数ヶ月前から悩まされていたが、先日のコンビニに立ち寄った際に今までに無いぐらいの激しい痛みを覚えた。


 まさか何気なく立ち寄ったコンビニに強盗が発生してしまうとは露知らず、巻き込まれまいと隠れた途端頭痛に襲われたと思いきや、店内の瓶製品からコンビニの駐車場に停車していた車の窓ガラスにいたるまで、あらゆるガラス製品が次々と割れていき、そしてその後吐血するという、世にも不思議な出来事の連続に未だに戸惑っていた。夢であれば醒めてほしいと願う。

 

 このままでは学業だけでなく生活にも支障を来してしまうと案じ、病院に行くための許しを得ようと母親に病状を話した。


「どうしてこんなときに頭痛に襲われてしまうのよ!」と案の定叱責されてしまった。


 何とか説得して近くの総合病院に行くことになった。受付で問診票に記入して保険証を提示した後に診察券を受領し、順番が回ってくるまで待合室の椅子に座って待つ間、小さな棚に置かれてある雑誌を手に取ってパラパラと読み始める。


 次の瞬間、「あの」と話しかけられて思いがけず顔を上げた。どこかで見覚えがあると思ったら日向雅人ひゅうがまさとだった。


「光山……?」恐る恐る尋ねる雅人。


「あっ、ああ、日向か。久しぶりだな。どうして病院に?」


「ここ最近頭痛が酷くてね。頭痛薬をもらったところなんだ。お前こそ、今日学校休みなのか?」


「いや、実は僕も数週間前から頭痛がしてさ。特別に休みを頂いて診てもらおうと思って」


「そうだったのか。まさか同じ日に同じ病院で同じ症状なんて、こんな偶然があるもんだな。ハハハ」


「改めて考えると確かに凄いな」と互いに面白おかそうにゲラゲラ笑った。


「お前この後暇か? 久しぶりに遊ぼうよ」


「ごめん、この後用事があって……日程を調整させてもらってもいいかな」


「いいよ。じゃあ連絡先だけ教えてくれ」

 交換のやり取りを終えた後女性の看護師が洸太の名前を呼び、「はい」と返事をする。


「じゃあまた連絡する」


「うん、またね」と言って別れて洸太は診察室へ行く。

 

 医師に診てもらったところ、脳にこれといった異常は見つからなかった。「もし今後も続くようであればもう一度検診にいらしてください」と言われ、結局頭痛薬で緩和するしか方法は無いと諦める。


 頭痛と連動する吐血について以前内科でも調べてもらったが、特に問題ないとのことだった。

 

 アルバイトに向かう前に図書館へ寄って、自習室のテーブルの裏にスマートフォンを他の利用客に怪しまれないように、両面テープで張り付けてそのまま静かに自習室を後にしてアルバイト先である本屋に行った。


 アルバイトから帰ると、再度閉館間際の図書館に寄って、テーブルの裏に隠しておいたスマートフォンを剥がし、適当に選んだ参考書を借りて図書館を後にした。

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