第7話 オヤジ狩り

 平沼は数人の取り巻きを引き連れていつものように、会社帰りのサラリーマンに狙いを付けて人気のない建物の外れに追い込んで暴行していると、黒いゴーグルを着用し、顔には黒のフェイスマスクとニット帽子を被った、全身黒一色の男が乱入してきた。男が襲撃してきたのは今回で三回目となる。サラリーマンの男は両者が向かい合っているその隙に一目散に逃げていった。


「この野郎!」平沼が狼狽えながら、弱腰になっている自分を鼓舞するように声を張り上げて突撃する。黒服の男は平沼が振り下ろした金属バットを簡単に受け止めた。目の前に起きた出来事に吃驚していると、男のパンチを受け更にバットを奪われ腹を殴られて倒れ込む。


 平沼の仲間の一人がパイプを拾ってすかさず襲ってきたが、男は手を突き出し、ひとりでに空中に浮いて後ろへ煽られて壁に勢いよく叩きつけられた。残った二人の仲間も一斉に襲い掛かったが、返り討ちにされて倒れてしまった。

 

 平沼に止めを刺そうとしたその時、急に頭を抱えてその場で立ち止まって悶絶し、その後何かを思い出したようにその場からすぐに退散していった。誰かが通報してきたのか、パトカーがサイレンを鳴らして走って来たので平沼は不服そうに「クソ!」と吐き捨てて倒れていた仲間を起こして逃げ帰った。

 

 平沼は自宅に帰ってたまらず城崎に電話した。オヤジ狩りの途中で正体不明の黒服の男に邪魔をされて相当苛立っている。そしてコール音が数回流れて城崎と繋がった。


<どうした>


「また奴が現れやがったぞ」


<あの例の不良狩りか>


「ああ。三人やられた。けど何とか逃げ切れた。クソ、何なんだよあいつ」


<顔は見たのか?>


「マスクとゴーグルも付けていて全く見えなかった」


<襲われた場所は? もし防犯カメラがあるなら後で樹に解析を頼んでみるけど>


「ああ、そいつはありがたい」


<取り敢えずグループで通話しよう>


 そう言って城崎は楠本樹くすもとたつきに電話をかけて、三人の顔が見える状態で通話が始まった。


<樹、奴がどこから来たのか防犯カメラで絞り込めるか>


<無理だよ。周辺の防犯カメラには全然映ってない>


「カメラの設置場所も把握しているということか。土地勘のある奴なのかも知れないな」


<その可能性が高い。とにかく今は、そいつの正体が分かるまで活動は暫く控えた方が良いかもしれない。夜中に外へ出歩くのも危険だ>


「そうだな。悔しいが仕方ねえ」


<くれぐれも用心しろよ。じゃあまたな>

 

 と言って電話を切る。二人との通話が終わったのを確認した次の瞬間、平沼は「アァー!」と叫びながら自分のスマートフォンを壁に投げつけた。勢いよく投げたからか、壁に跳ね返って床に落ちた時は本体に罅が入って液晶画面も割れてしまったが、それでも溜飲は下がらない。

 

 兄を追っていた犯人が誰なのかについて知っているのは兄だけだった。もとより死人に口なしで当の本人に聞けないため、色んな考えが頭の中をぐるぐる巡り、終着点が見えず相変わらずもどかしい思いに苛まれる。だが一つだけ確信を持って言えるのは、先ほど襲ってきた黒服の男は、三年前に兄を死に追いやった犯人であるということだった。

 

 となれば、今鳴りを潜めたら再会するチャンスを失うのではないかと危惧して焦る。折角因縁の相手と相見えたのなら活動は続けるべきだと感じたが、だがここは城崎の言う通りに、正体を掴むまで何もしない方が良いと自分に言い聞かせる。


 決して忘れやしない。あの夜の出来事。


 一度は俺を置いて帰っていった兄が戻ってきて、それを見て慌てて逃げた。近くの物陰に隠れて追跡を振り切ろうとしたとき、トンネルから出てきたのは血の付いたナイフを持った兄だった。その後ろをもう一人の男が必死に追いかけているのが見えた。

 

 雨は激しく降りしきる中でも速度を緩めず全速力で走る二人。そして交差点に差し掛かったところで、兄は赤信号にもかかわらず道路の真ん中に飛び出していた。男から逃げるのに無我夢中だったため信号に気付けず、横から走って来た軽トラックにあえなく轢かれてしまった。追い詰めた男は、物言わぬ亡骸となった兄の近くまで来て速やかにその場から走って去っていった。

 

 その翌日。搬送先の病院で兄の死亡が確認された。雨が激しく降る中、突然飛び出してきた兄に気付いて急ブレーキを踏んだが、間に合わず轢いてしまったと後にトラックの運転手が取り調べで証言していた。更に驚くべきことに、トラックに轢かれる少し前に兄が殺人事件を起こしていたとしてニュースで報道された。

 

 警察の調べによれば、トンネル内で死亡していた男性会社員の腹に刺さっていたナイフの柄に付着していた指紋は、兄のものであることが判明した。事件が発覚して平沼は真っ先に疑われて逮捕されるのではないかとビクビクしていたが、周辺に監視カメラが無かったことや、他に目撃証言が無かったことが幸いして容疑者として浮上することはなかった。


 これにより、捜査関係者は高架下のトンネルで被害者をナイフで刺殺して逃走した可能性が高いという見方を強め、男性会社員の殺人容疑については容疑者とされる兄が死亡のまま書類送検されることで、警察は捜査を引き上げた。

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