第4話 コンビニ

 あの日を境に、密告を恐れて数日ビクビク怯えながら過ごしていたが、学校にも母親にも特に変わったところは無く感付いている素振りも無い。彼の言葉に嘘は無かったんだとホッとしたが、城崎に弱みを握られていることに変わりなく油断は絶対に出来ない。

 

 もしも「献上金」の支払いが遅れたり、滞納したり、一円でも足りなかったりしたときは罰として言いつけるに違いない。とはいえ、母親から毎月数千円のお小遣いだけでは足りる筈もなく、そのために今のアルバイトに励んでいた矢先の出来事だった。

 

 それ以降城崎の存在に注意を払いながら働くようになった。折角自分が腰を据えて働けると思っていた本屋さんが、今ではストレスを感じる危険な場所となってしまった。

 

 学校の規則に反して秘密にアルバイトをしている事実がどのような形で学校や母親に告げ口するのかを考えてしまい、落ち着いて働くことが出来なくなってしまった。よしんば公になったときには、強制的に退学になり母親の逆鱗に触れていよいよ勘当されて途方に暮れることになるだろう。発覚するのも時間の問題だと強い危機感を抱いた。

 

 コンビニスタッフの募集広告が目に飛び込んで来た。今の本屋のバイトを始めたのは去年の夏だった。たまたま受けてみたら採用された。ただそれだけの話だった。店長も穏和で、テレビで報道されるような言いがかりを言いつけて来る変な客も来ない。洸太にとって唯一の安らげる時間だった。

 

 潮時と捉え、そろそろ辞めて次のアルバイトを探そうかと考えた。だが、ここ以外となると距離が遠くなって電車を使って通わなければならなくなる。そうなると必然的に勉強に充てる時間が無くなって生活のリズムが狂ってしまう。


 そして何より、この本屋でのバイトの待遇は良く、店長や先輩たちも優しく接してくれていて快適かつ楽しく働かせてもらっている。そういった点を総合的に考えると、なかなか辞めづらいなと感じてもどかしくなる。

 

 今日も城崎は現れないまま無事にバイトを終えた。その帰り、閉館間際の図書館にダッシュで駆け寄り、机の裏に張り付けていたスマホを取って再び帰途につく。GPSによる監視を逃れるために閃いた策だった。母親が洸太の受験生らしからぬ過ごし方に遂に堪忍袋の緒が切れ、GPS機能を付けて監視を始めるとなった。

 

 それを告げられた時は青ざめたが、「いかにも自分は受験のために頑張っています」と装った形で自分とスマホを切り離し、機能の盲点を突けばいくらでも監視の目を誤魔化せると分かった。姑息なやり方であるが、今のところ怪しんでいる様子は無い。

 

 帰宅途中にあるコンビニに立ち寄ると、そこへナイフを持った五十代半ばの男が興奮した様子で若い男性店員に迫った。目は血走っていて正気を失っている。

 

 強盗犯が興奮状態でレジの前で会計しようとしていた女子高生にナイフを突きつけて拘束し、洸太は咄嗟に犯人から見えないように反射的に棚の後ろに隠れる。男が捕えた女子高生は同じクラスの市宮茜いちみやあかねだった。彼女も用があってこのコンビニに来て買い物をしていたようだった。

 

 切羽詰まった状況を切り抜けたいが、飽くまで自分は高校生。護身術など体得しているわけも無く、凶器を持っている相手に素手で戦っても返り討ちに遭うだけだ。だが、自分以上に茜の方が恐怖に震えているに違いない。ただ立ち寄ったコンビニでまさかこんなことになるなんて夢にも思わなかっただろう。

 

 この思いがけない事態にあれこれ考えているうちに段々と緊張も高まり、脈拍が速くなっていき呼吸も荒くなっていく。頭痛に襲われた。頭が割れるように痛い。それと同時に、脳内に様々な風景や情景が映し出される。パッと現れては消え、また別の情景に切り替わって消えていく。店内にあるあらゆる物がカタカタと音を立てながら小刻みに振動し始める。


「うわああああああああああ!」


 洸太が耐えがたい頭痛に悶絶して叫んだ瞬間、店内の蛍光灯、瓶製品、更にはコンビニの駐車場に停めてある車の窓ガラス等のあらゆるガラス製品が次々と割れていった。突如発生した不可思議な現象に狼狽した犯人は尻もちを付き、強盗を諦めてたまらず逃げていった。

 

 洸太は無意識に発した「力」で誰かが怪我を負ったのではないかと心配になり、徐に立ち上がって茜と店員の元へ行き、「大丈夫ですか」と声をかけた。茜と店員そして他のお客さんも軽い怪我で済んだということを確認し、胸を撫で下ろす。途端に何かを思い出したようにコンビニを足早に後にした。

 

 店を出てすぐに気分が悪くなり、近くの道脇に駆け寄って吐血した。かなりの量の血を吐き、口元を拭いて去って行く。数分後、数台のパトカーがサイレンをけたたましく鳴らして駆けつけた。

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