間章 黒瀬悠side ⓪、②

 私が初めて恋に落ちたのは小四の夏祭りのことだった。


 あの日、私は寂しかったのだと思う。コミュニケーションも周りに合わせることも苦手で孤立気味だったから。


 ただ、大してありもしない希望だけを信じて夏祭りに繰り出していた。


 周りには楽しそうなクラスメイトたちの姿があって泣きそうになる。


 立ち尽くしたって祭りの雑踏の中では誰も足を止めてはくれない。

 

 もう全部どうでも良くなってきたそんな時だった。


「何してるんだ?」


 少年だった。多分同年代なんだろうけど私より若干背は低い。


「何もしてないよ。一人。友達いないし」

「じゃあ同じだな! まぁ俺は自分から1人でいるんだけど」

「はい?」

「だってめんどくさいだろ? 友達〜とか。俺は風のように自由に生きたいからね」

「うるさ」


 そう言いながらも不思議と笑みがこぼれていた。嬉しかった。


 孤独であることを肯定してくれて、孤独であることを楽しんでいる人がこの世界にいる。私もそうありたい。


「ひどいなぁ」

「私も、そうなりたい」


 気づけば口が開いていた。


「いいねぇ。じゃあ秘密基地を教えるよ」


===


 案内されたそこは、人のいない古ぼけた神社だった。


 息を飲むほど美しい光景だった。


 打ち上がり、落ちていく炎の華が虚空に咲いては消えていく。こんなの、あの雑踏の中では見れない。


「綺麗だろ? 去年見つけたんだ」

「うん。でも一人じゃないけどいいの?」

「あ、まぁ、君はめんどくさく無さそうだしいいよ」


 面白い人だ。


 その時、心の奥に熱いものを感じた。その感情を言語化することは出来なかったけど、ただ、もっとこうしていたいと思った。君とこうしていたいと思った。


 君はそれを『めんどくさい』と一蹴するのだろうけど。


「いいなぁ......」

「何でだ? 誰でもなれる」

「私はどうしても寂しいから」

「まぁ。俺だって少しは寂しい。でもそれより楽しい」


 楽しい、か。多分私はそうなれないな。


「ねぇ、これだけ教えて。君の名前は?」

「坂裕也。いずれ世界を変革する男の名前だ」


 それはちょっと痛々しいと思うけど。


「ははは......」

「まぁ、君も頑張れよ。そっちの名前は?」

「黒瀬悠」

「また会えるといいな。今度はどっちかがビッグになって!」


 不思議だ。彼がいれば何だってできる気がする。怖くない気がする。


 また会いたいと思った。絶対に。


===


 小六で、私は実は可愛いのだと気づいた。結局私は一人にならなかった。なれないことにも気づいた。


 この頃になると容姿の善し悪しが集団の中で価値を増すからだ。


 私はこれまでの『黒瀬悠』を捨てて、皆の人気者で可愛い黒瀬悠になった。あの少年への恋心だけを隠して。


===


 中学になると、あの少年らしき中学生の姿を時折見かけるようになった。声は低くなって、身長は私より若干高くなっていたけど、雰囲気は以前より大分丸くなっている。


 違ったこと――その頃の彼には友達がいた。


 でも、不思議とそれでいいと思った。彼が幸せなら、それで。たったの一度しかまともに話していないのに彼女か何かのような考えを抱いた自分が気持ち悪かった。


===


 そのまま、何となくで私は近場の高校に進学した。


 そこでは嬉しいことがあった。彼は1人で学校にいたのだ。


 以前の友達もおらず、ただ一人。丸いを通り越して暗くなっているけど、私は考えた。


 と。


 思いついたら簡単だった。話しかけて、友達になろうと持ちかけるだけである。



 彼は友達であることを隠そうと提案した。確かにそれがいい。今の坂裕也は私だけのものだ。


 友達だとしてもそれでいい。



 高校に入って一年が経って、そうもしていられなくなった。


 私は最低だった。彼と一緒に居るために友達を傷つけ続けたのだ。


 もうこうして居られないと思った。対話して、どうにか......


===


「もう暗いし俺が送るよ」

「ありがと」


 あぁ、幸せで堪らない。私があの時の1人で泣いていた少女であることは隠しておくことにした。


 あの頃の黒瀬悠はもう居ないから。


 だけど、いつかは言わないといけない。向き合わないといけない。


 彼も変わってしまったけどそれでいい。坂裕也個人が好きなのだ。


 ただ、今を更に充実させるための勇気は出した。


「ねぇ、今から私の家に来ない?」


===


「こんな時間に大丈夫か?」

「大丈夫大丈夫。座って?」

「あぁ」


 私、ずっと待ってたんだよ? 今から何したって許されるよね?


 そう思って彼を押し倒す。軽い。高校生男子にしては余りにも。身長も5cm差くらいだし私とさして変わらないかも。


 勢いのままに唇を重ねる。


「何やって......!」

「静かにして」


 更にそのまま、舌を絡める。


 拒否されていない事実にただ満たされて。この感覚に酔いしれる。ただ、この熱が、彼だ。


 ドラマチックさなんてあったものじゃないファーストキスを私は彼と共にした。

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