第4話 私を見て。
玄関先に立っている黒瀬はいつもよりもずっと大人びて見えた。
細身だからこそ似合うノースリーブの服も相まっていつも以上に魅力的に写る。
「随分と早いな」
「多分今日は長くなるでしょ?」
===
「さてと、座って?」
黒瀬に促され、シック調の絨毯にそのまま座る。
「黒瀬、ごめん」
「何が?」
「向き合うって決めたのに何も向き合えちゃいなかった。秘密にするって提案したのも俺なのに何の責任も持ててなかった」
「けどそれに同意して、行動に移したのも大体私だからお互い様じゃない? 向き合うよ。今度こそ。だから......」
一呼吸置いて、黒瀬は続ける。
「――悩んでることもこれまでの事も、受け入れる。全部言って。全部」
「何のつもりだよ。それが今回の件と何の関係が......」
言いかけたところで、黒瀬が俺の言葉を遮った。
「考えたんだけどさ、『本当に向き合う』ってそういう事だと思う。だから全部を見て、もう一度決める」
そういう彼女は昨日までよりずっと頼もしく、そして美しかった。
俺の悩みは聞くに耐えないほど醜い劣等感で、あるいは酷く子供じみた理想で、死にたさだ。
けど、それを受け入れてくれる唯一の存在がいるとすれば、会えるとすれば、どれほど幸せな事だろう。
その夢物語を受け入れようとしてくれている少女が目の前にいる。
だから、全部言おうと思った。劣等感も、中途半端な自己肯定も、全部引っ括めて言おうと思った。
「本当に言っていいのか? 幻滅するかもしれない。俺のことが世界一嫌いな存在にすらなるかもしれない」
「それも含めて向き合うんだよ」
覚悟のこもった眼差しだった。
謝って、祈って何とか声を出す。
===
何時まで話していただろうか。
昔から何をするにも劣等感が伴ったこと。
自分に視線を向ける全員が敵に見えること。
そんなことがないと分かっていても、昔からずっと自分だけが孤独に思えたこと。
小さな事で追い詰められて、その癖大した努力もしないでいる自分が大嫌いで仕方がないこと。
楽しそうな人達に嫉妬してしまうこと。
確固たる自分がないことが怖いこと。
救いの手が降りるのを何時までも期待していること。
それだけでなく、色々なことを話した。思い出話だったり、黒瀬はそれら全てをただ黙して聞いてくれた。
「ダメ人間だね。裕也は」
微笑みながら黒瀬はそう言う。
「それすらも生ぬるいだろ」
「いや、裕也は受け入れてくれたよね。誰でも悩みは抱えるって思ってくれてるよね。だから背負う。ずっと背負う」
そんなこと思っても言ってない。それは俺という人間への信頼。胸が熱くなる。
「黒瀬は、それでいいのかよ」
「そうしたいんだよ。お互いに向き合って、それを重ねて、嫌いな部分もきっと産まれると思う。でもそれも含めて私たち。そうでしょ?」
泣きそうだった。いや、気づけば泣いていた。
受け入れてくれる。生きててもいいと言ってくれる、思ってくれる。それが何より嬉しかったのだ。
「......」
「改めて言うよ。私は裕也の全部が好き。欠点も見た目も、ダメ人間な所も。だから私の事も聞いて、私だけを見て欲しい」
先ほどまでの頼もしさとは違ってそこに居たのは一人の少女でしか無かった。一本取られた。
「ありがとうな。じゃあ、俺からも、全部話して欲しい。俺は黒瀬のことを、いや、悠の事を知っていたいから」
「ありがとう。やっと呼んでくれたね」
その時から、俺は黒瀬をずっと名前で呼ぶようになるのだった。
===
黒瀬も色々な悩みや思い出を俺に話してくれた。
表面上では仲良くできてもどうしても嫌いになってしまうこと。
学校での自分というレッテルが辛いこと。
一歩引いた目で他人を、友達を見てしまうこと。
信頼すらも怖く感じること。
何もしたくなくて、どうしようもない時が良くあること。
俺との気を遣わないで良い馬鹿話や軽口の応酬楽しかったこと。
それは本人なりに切実な苦悩なのだうけど、当たり前のことだとも思った。
「言ってくれてありがとう。これだと俺の方がキツすぎてあれじゃ......」
「同じだよ。きっと」
その言葉の真意は具体的には分からなかったけど何となくは掴めた気がした。
「悩みがあれば全部言えよ? じゃないと不公平だ」
「分かってるよ。これでいいから」
===
今日は不思議な日で人生最高の日だったと思う。もう死んでもいいってくらいに。でもこれからも続く。
付き合っていることがほぼバレている以上、その辺の確執も避けられないだろう。
でも何も怖くない......と言えば嘘になるけど格段に楽だった。二人なら立ち向かえると思った。
黒瀬悠という少女が本当に抱えていることは正直分からない。
でも話したくないのなら話さなくていいと思う。
兎も角、俺の人生はここから始まるのだ。分け合って、進んでいく。
何時までこうして居られるかは分からないけど、まぁどうとでもなるだろう。
そんな根拠の無い馬鹿な考えを抱くくらいには、俺も変わろうとしていた。彼女が今日変わろうとしたように。
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