第28話 新たな道

 俺は父さんと再び話し合うために実家の扉の前に居た。。左右にある部屋の窓には明かりが灯っている。背後にある夜空は空を漂ういくつもの雲によって遮られ星一つすら見当たらない。俺は手を伸ばし筋肉が浮き出るほどドアノブを深く握るとドアノブを捻り扉を引いた。中に入った俺は「ただいま」と重みのある声で言うと玄関で急いで靴を脱ぎ家に上がる。


 部屋に足を踏み入れると既に父さんと母さんさんが並ぶように食卓の椅子に座っていた。


「また時間を作ってくれてありがとう」


 二人に声をかけると節郎の正面の席に座る。父さんの表情は硬く鋭い目付きで俺

を睨んでいる。母さんの方に目をやると母さんは口を噤んだまま視線を机の方に逸らす。俺は顔を引き締めると父さんの目を見ながら話を切り出した。


「話っていうのは前回の件と関連があることで色々と確かめたいことがある」

「前回の続きなら俺の結論は何を行っても変わらん」


 父さんは腕を組みながら返答する。


「そうよ松貴、こんな下らない話は止めないさい」


 母さんも父さんの顔を見ると俺の方を向いた。俺は奥歯を強く噛みしめると口を動かす。


「まず父さんに聞きたいのは姉さんが大学でバトミントンを続けるのを反対したこと」

「優那のことで今更ないが知りたいんだ」

「姉さんが進学先でバトミントンを続けるのを反対したのは勉強に専念してほしかったからで間違いない?」


 俺が問いかけると父さんは「そうだ」と答えると軽く息を吐き腕組みを解く。それを瞬きせずに見ていた俺は追加の質問を投げかけた。


「姉さんに勉強に専念してほしかったのは事実だと思うけど、父さんが反対した根底には姉さんが高校で思ったような実績を残せなかったことが関係してない?」

「確かに優那は全国時代に出場していた中学時代と違い高校では目立った実績を残せなかった。だから将来性がないと判断し大学で続けるのを認めなかった」

 父さんは机に平手を載せると机から乾いた小さな音が立つ。俺は椅子の背もたれに深く持たれながら十秒ほど黙り込んでから口を開いた。


「将来性か……結局のところ父さんは姉さんの選手として将来に不安を抱いた。スポーツ選手として食べていけるのは限られてるからね。だから父さんとしては大学でバトミントンの選手として低迷して苦しむよりも、選手に見切りをつけていち早く就職に向けて姉さんに準備をしてほしかったんじゃないの。姉さんの学力なら偏差値の高い大学にでも入れる可能性は十分にあったしね」


「俺はあくまで合理的に考えて優那の進路志望に反対しただけだ」


 声を乱す父さんは俺を睨みつける。俺も父さんの瞳を目をやると顔を歪め首を横に振った。


「姉さんと絶縁状態だから嫌でも娘の将来を案じた行動とは認めたくないようだけど、少しぐらい正直になってもいいと思うよ」

俺が言い終えると父さんは額を手で押さえそのまま項垂れてしまう。隣に居る母さんも大きく開いた口を手で隠しながら父さんの方を向いている。やがて父さんはゆったりと顔を起こす。頬は窪み瞼は震え目は薄目になっている。


「そうだ、お前指摘通りだ。高校で目立った結果を残せなかった優那の選手としての将来に不安を俺は抱いていた。だから優那には勉強に専念して少しでもいい大学に入り、安定した職を手に入れてほしかった」


 俺は背筋を伸ばすと柔らかい声で父さんに語り掛ける。


「姉さんの将来を案じた気持ちを持っていたことは俺も嬉しく思うけど、だからといって子ども将来を否定したら駄目だよ。親なら子を信用しないと」


 俺が話している最中父さんは目を瞑っていた。再びを目を開けたときには表情に柔らかさは一切なくそのま首を捻った。

「ひとつ聞きたい。仮に大学でもバトミントンを続けて目立った結果を残せず社会人でプレーを続けなられなかった場合、松貴ならどう考える」


「人生なんてどうなるかわからないし、仮に大学で姉さんがバトミントンを続けて結果を残していなくても、姉さんは後悔はしてないはず。それは長年プレーしてきた姉さんが一番分かっていたはずだから」


 俺は机の下で右手の拳を左で包むこみながらかつて姉さんが座っていた隣の席を見詰める。


「わたしとしては子が金銭面で悩むことない人生が一番の幸せだと考えていたさ。けどその考えには想いというものを考慮していなかった。だから重要なことを一切気づけなかった。わたしはとんでもないことをしてしまったようだ」


 頭を抱える父さんに俺はやや前のめりの姿勢で話しかける。


「今からでもいいから変わっていけばいいよ」

「そうだな。今日から考えを改めるとするか」


 父さんは顔を上げ解れた顔を浮かべる。それを見た俺も微笑むと父さんにとある件を尋ねた。


「父さん、申し訳ないけどそれと俺がおじいちゃんと移住することを拒んだ本当の理由も教えてもらっていい? 本当は勉強が理由ではないと俺は考えているんだ」

「じいさんの件か。元からじいさんとは性格面で食い違うことが俺が子どものときから多くてな、松貴を連れて移住するといったときは俺は戸惑いそして恐怖したよ」


 父さんから返答を聞いた俺は瞬きを一切せずすぐさま言葉を返す。


「恐怖した?」

「この前は勉強の面倒が見れないと反対した言ったが本当はまだ十歳と小さかった松貴と離れるのが嫌だった。だからじいさんの提案に反対した。そのときの親子喧嘩は凄まじくて、最終的じいさんは二度と松貴の目の前に現れないと言って連絡が途絶えた」


 父さんは左手の掌を机にそっと置いた。


「やっぱりそうだったんだ。おじいちゃん急に現れなくなって俺はおじいちゃんに嫌われたのかと不安に感じることもあった。いくら俺が小学生だったとはいえ相談ぐらいしてほしかったよ。本当はスキーを続けたかったし」


 机の下の右手拳は震える中俺は静かに声を出した。父さんは一度俺から顔を背ける。その間俺は父さんをただ眺めていた。しばらくすると父さんは俺と目を合わせ深々と頭を下げた。


「あのとき松貴に一言でも話しておくべきだった。済まなかった。ただやはり小さかったころお前をじいさんに預けることは俺も母さんも賛成できなかった」


「父さんと母さんの気持ちはわかるし、じいさんのこと話してくれてありがとう。あと父さんにお願いがあるんだ。姉さんは今は無理かもしれないけどおじいちゃんの見舞いにいってくれないかな」


 俺が二人に提案すると父さんは母さんに顔を近づけ話しかけるが俺には何も聞こえてこない。そのまま二人は少しの間話し合いを続けた。やがて父さんは俺の方を向くと背もたれに持たれないよう姿勢を整える。


「じいさんの借金は優那と節稜が支払ってきた分も含めて俺が賄うと優那に伝言を頼みたい。本来なら俺自身が直接言うべきだが今の関係性でそれをしたら逆効果になりかねない。」


「わかった。その提案俺から姉さんにきちんと伝えるよ」


 父さんの言葉を聞いた俺は澄んだ声で返事をした。これから事態がどう転ぶかは分からない。だが俺としては少しでも家族仲が良好に転じることに期待したい。

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