第24話 後ろは向かない
父さんの説得に失敗した俺はすぐさま姉さんの家まで戻った。姉さんに説得に失敗したことを報告すると姉さんは結果を見透していたような顔つきをしていた。報告を続けてもこの件にあまり関わりたくないような反応をしておりその日は簡易的な報告に留めた。授業を終えた俺はアルバイトへ向かうべく教室で荷物をまとめていた。授業中に父さんに対する今後のことを考えるときもあったが、あまり昨日の件を引きづらずに授業を乗り切れた。荷物をまとめ終えると近くの席の友人たちに「また明日」と声をかけると教室を退出する。すると教室の側の壁に栗之先輩がもたれ掛かっていた。
「栗之先輩こんばんわ。待たせました?」
栗之先輩を見掛けた俺は軽く挨拶をする。昼間に一緒に帰宅しないかと誘われており、先に授業を終えた栗之先輩が先に待っていた。
「うんうん全然待ってないよ。それよりアルバイトでしょ? 早く下駄箱まで行こう」
手提げ鞄を身体の前で持っていた栗之先輩は早く移動することを促してきたので下駄箱まで歩き始める。下駄箱までの道中に栗之先輩は積極的に話が振り口数も多く会話は盛り上がっていた。下駄箱で靴を履き替えると校門をくぐり学校を後にする。
「あの祭りは友達といったけど規模が大きすぎて圧倒されたな」
「テレビのニュースで見たことありますけど実際はそんなに大きんですね」
好天の下二人で並びながらの下校中も会話は途切れることはなく俺にとっては満喫できる時間となっていた。会話している最中に栗之先輩には家族の件では励まされた縁もあったため昨日の件を報告するか検討していた。今の盛り上がっている雰囲気を吹き飛ばしたくはなかったが、話を聞いてもらって助言を貰いたい思いもあった。そうやって頭を回転させているうちにいつの間にか栗之先輩よりも二歩ほど後ろに下がっていることに気づき慌てて栗之先輩の横に並ぶ。
「松貴くんなにか考え事でもしてた?」
「えっ、まあそうですけど」
今までしていた話の流れを急に打ち切って悩みがないか栗之先輩は指摘され思わず、それを認めてしまった。
「なんで考え事していることが?」
「直感……ではなくて考え事しているから歩く速度が遅くなったと思って、それで確かめてみたの」
指摘されたことは些細な動作だと感じていたが、栗之先輩には動作を通じて俺の思考がお見通しのようだった。
「昨日両親と色々話をしてきてその件を報告しようか考え込んでたんですよ」
「あっ、ご両親とお話したんだ。上手くいっていたらいいけど」
栗之先輩は小さく前を踏むと心配そうに物静かに言った。
「結果だけ言うと話し合いは失敗でしたね」
結果を報告すると俺は唇を強く噛み締めた。喉元には少し膨れる程度にため息用の息が溜まっていた。もっともこれ以上栗之先輩の目の前で悔しさを露呈したくなかったため音を立てないように唇の僅かな隙間からこっそりと息を口から抜いた。
「もちろん諦める気はないですけど、思った以上に父さんいや両親二人共頑固だったので今後の対応に頭を悩ませていますね。姉さんと両親を和解させるのは一筋縄ではいきませんから」
「無理だけはしないようにね。それとひとつ疑問に思っていたんだけど、なんで松貴くんはそんなにお姉さんとご両親との和解したい理由ってなに? しっかりと聞いたことなかったから」
栗之先輩の疑問を受け取った俺の歩みが止まり栗之先輩も足を止める。そして顎に手を当て佇んだまま疑問への答えを自らの心に求める。思い浮かぶのは家族は仲良くすべきという漠然とした考えだった。もっともそれ以上の意義を見出すことはできなかった。
「立ち止まってすいません」
俺は栗之先輩の一礼すると再び歩き出す。
「なんか難しいこと聞いてしまった感じかな?」
横を歩く栗之先輩も不安げに言葉を発する。
「そうですね。意外と自分の中にしっかりとした解答がなくて困りましたね。家族は仲良くすべきという考えはあるんですけど、具体的なことはあんまりなくて。それどころか姉さんの過去を考えたら今の状況を維持するほうがいいのかもしれない」
実家との関係を遮断している姉さん側からすれば自分がやっていることは有難迷惑だろう。そもそも個人の幸せに必ずしも家族との仲が良いことは求められない。だけど俺には家族四人いやできれば五人でまた一緒の時を過ごしたいと思ってしまう。
「松貴くんの言うとおり無理に今の状態を変える必要性はないかもしれない。けどね家族って特別なものだからもう一度お姉さんとちゃんと話し合ってみて自分の考えをもう一度確かめてみたら良いと思う。少なくとも後悔するのだけは避けたほうがいいから」
少し前まで父親に愛想を尽かしていた栗之先輩から出た言葉は凄まじい重みがあった。家族一緒で過ごしたい。栗之先輩の言葉が心に届いてから再度自分の想いを再確認する。そして動機としてはそれで足りていると結論づけた。何より姉さんが父さんを嫌う原因を俺は知っているが姉さんの口からはっきりと聞いたことはなかった。今更本人から実家に過ごしていた頃のことを聞いても意味がないかもしれない。だけど姉さんの口から直接聞くことで新たな視点が見つけられる予感があった。
「俺もう一度だけ姉さんと話し合ってみます。それで和解できる目処がなければこの件は諦めます。だけど俺はやっぱり『家族で一緒に過ごしたい』に願いがあるので最後まで真剣にこの件と向き合います」
歩みを遅めて栗之先輩の顔を窺い、この問題に対する方針を声に力を込めて宣言する。栗之先輩は目を大きく見開いて俺を見据える。視線が重なるがその目は何かに安心したようなおっとりしていた。そして「頑張って」と応援の言葉を送ってくれた。その言葉を貰った俺の心には過剰とも言えるほどの意欲が湧いていたのだった
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