第19話 リラックスも大切

 スーパーの自動ドアをくぐり買い物終えた俺ら椎橋姉弟は三十分振りに外へと出る。今日は土曜日で姉さんが休みで夕食を作ってくれることになり姉弟でスーパーを訪れていた。俺の手に握られている買い物袋には夕食の食材やお惣菜が入っている。急ぐ予定もなく俺達はゆっくりと歩く。地平線近くは沈む太陽によって赤く輝き上空は徐々に暗く染まっていき夜の準備を始めていた。


「今日のバトミントンの放送凄かったね。特に準決勝第一試合は良かったね。あの選手相変わらず強かったな」


 姉さんは今日の昼間放送されていたバトミントンの大会について興奮気味に振り返りだした。バトミントンをスポーツの中で一番好んでいる姉さんは今日の放送を待ち望んでいたらしく、珍しくテレビに釘付けになっていた。


「確かにあの試合は迫力があって自分も度肝うを抜かれたよ」


 久々に見たバトミントンの試合だったが想像以上にプレーの精度が高く、俺も他のことはせず試合に集中して観戦していた。


「レベルが本当に違うね。どうやったらあんなに上手くなるのか知りたいね」


 大股で前に一歩進むと姉さんは称賛した選手を羨ましがる。


「練習の段階から色々と工夫とかしてると思うけど想像もつかないね。けど自分なりにあったやり方を発見できるかが何となくだけど上手くなるコツな気もする」


 人それぞれに感覚は違う。だから自分に適したやり方を模索することはスポーツでは大切だ。ただ単に人の真似だけしていても上手くはならない。


「それができたら悩んだりしなかったんだけどね。やっぱりバトミントンって難しいね


 姉さんは音を立てるように上唇と下唇を擦ると湿ったような顔つきを取る。すぐに笑顔を形成すると「それにしてもあの試合良かったな」と元気に話を続ける。それを目の当たりにした俺は姉さんの心の奥に未だに潜むであろうとある想いを案じながら笑顔で話に付き合う。


 姉さんの家に帰ると姉さんは俺から食材を受取急ぐように台所で調理を始める。献立ではピラフを作るらしくザルに入れた生米を研いでいる。一人暮らしをして長いだけあり姉さんはかなり手慣れていた。あまり時間が経たないうちに姉さんは台所からテーブルの上にピラフと購入していた惣菜のサラダを運んでくる。ピラフは見た目が鮮やかで食欲を刺激してくる。


「ピラフ見たらお腹が急激に空いてきた」

「今日のは結構自信あるから食べてみてよ」

「それじゃ味見しよ」


 スプーンでピラフを掬い口へと運ぶ。姉さんの「自信あるから」は誇張ではなかったようで味付けが絶妙で万人に受けしそうな旨さだ。腹が空き始めたこともあり食べる手は中々止まらない。


「丁度いい味付けで口に合うよ。姉さん料理上手いね」

「そうでしょ。今度は作るときは松貴の好物作ってあげるね」


 姉さんは褒められたせいか白い歯を見せて得意顔になる。そんな姉さんを見ていたら少しからかいたい気持ちが湧いてきた。


「なら焼肉でも作ってもらおうかな」

「焼肉って……調理する箇所殆どないじゃん」


 からかわれた姉さんは頬を膨らませて笑い声を交えて不満を口にする。俺はしたり顔で姉さんを見ながらもそんな姉さんが微笑ましく思えた。


「何作って欲しいかはまた考えておくね」


 俺はまだ食べていなかったサラダに手を付ける。味の濃さが自分好みで食しやすい。


「そういえば栗之さんとの仲はどうなの?」


 サラダを口に含んでいた俺は不意な質問にサラダを噛むことを忘れて一瞬呆然とした。


「……最近は昼食を一緒に食べる程度で学校の先輩後輩の範囲に収まる仲だよ」


 驚きを隠すようにできる限り落ち着いて返答するよう心がける。だがどこかいじけた返し方になっていた。姉さんは興味津々に目を輝かせて俺を見つめている。その視線から俺は顔を背けて逃れるが、それを姉さんの瞳は逃してはくれない。そもそも学校の先輩後輩である俺と栗之先輩の仲がそれ以上進展する光景が浮かばない。


「お昼ご飯は食べてるんだね」

「別に学校の先輩とお昼ご飯食べるぐらい違和感ないでしょ」


 意地悪そうに関係性を指摘する姉さんに俺は淡白に反論する。確かにここの昼休みを共にする回数はクラスの友人とほぼ同等だ。栗之先輩からの昼食の誘いも多いというか俺よりも上な気がする。


「まあ仲良しなのは良いことだし、今度プラネタリウムでも見に行ったら」


 唐突に放たれた提案を耳にした俺スプーンを皿の上に落としてしまう。スプーンの音が部屋中に反響する。泡を食らった俺をよそ目に姉さんは呑気にピラフを少し口に含めてやがて喉へと押し込んだ。


「なんでそうなるんだよ。今は家出中の身だしあんまり離れた場所に遊びに行く気は沸かないよ。今はこの現状を変えることに専念したいから」


 俺は危機感を抱いた心境を語ると顔を俯け食べかけ中のピラフと睨み合う。


「大変なときだから気分転換が必要なのよ。栗之さんも家庭の事情が大変だろうし二人で羽根を伸ばしてきたほうがいいよ」


 気分転換について真摯に説いてくる姉さんの言葉は説得力があった。俺としては事態が解決するまでは遊ぶには消極的だが姉さんの提

案に信じるのも悪くはない。それに栗之先輩のことを考えると不思議と遊びたい気持ちが溢れて心が熱くなる。


「羽伸ばすのは悪くないか。けどなんでプラネタリウムなの?」

「ゆっくりした場所のほうが二人共リラックスできると思って」


 確かにプラネタリウムは暗い空間で星々を眺めるわけだからリラックスする手段としては適しているかもしれない。


「星を眺めるのもいいかもしれない」


 俺はサラダを箸で掴みながらプラネタリウムを思い浮かべる。人生一度も訪れたことのない俺には未知の空間であり、かつてテレビで見た綺麗というだけの印象しかない。だからか余計に楽しみが広がっていた。もっとも最大の懸念点は栗之先輩が誘いに乗ってくれるかだった。後で連絡して誘おうかと考えていた。だが断られたときを想像すると不安が噴出して誘うことに躊躇しそうになった。

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