第14話 未知なる想い

 白雲が空に広がり雲の間から太陽の光と熱が学校の中庭に注がれる。快晴とは呼びづらい空模様だが雨が降る気配は天気予報でも殆どなかった。昼休みだが中庭に人影は疎らでベンチの後ろに巨木に見守られながら俺は栗之先輩とベンチに座って昼食を食べていた。


「最近はお父さんとの会話量も少しずつ増えてきたよ」


 箸をパチパチさせながら栗之先輩は朗らかな顔付きで俺を目にしながら家庭の近況を教えてくれる。姉さんからの助言を伝えてから三週間が経過していたが、最近は二人で昼食を取りながら栗之先輩から家庭の現状について聞いていた。俺は口に含んでいたご飯をしっかりと味わうように噛み締める。ご飯を口から胃に消化すると声を出した。


「それは良かったですね」

「まだ会話の内容自体はぎこちないことも多いけどね」


 栗之先輩は笑みを混じえつつも頬を引きずっていた。長らく実家に帰宅する回数が乏しかったため会話が思い通りいかないのは仕方がないだろう。栗之先輩は姉さんからの助言を貰って一週間後から帰る回数を増やしたが、栗之先輩のお父さんは初めそのことに困惑していたらしい。もっとも帰宅する回数を増やすして一週間後には栗之先輩のお父さんも娘が家に居る状況に慣れており、今は少しずつ親子で会話する機会を増やそうと試みている段階だった。


「それは仕方ないかもしれないですね。そのうち当たり前のように雑談とかもできるようになりますよ」


 唇を内側に引っ込めるように口を閉じて表情が固くなっていた栗之先輩に俺は力強い口調で励まし言葉をかける。


「そこまで行ければいいけどね。けどあれから三週間経ったけど、いままで実家を離れていたせいかお父さんの心境が何となくだけど理解できるようになった気がする」


 音を立てないように栗之先輩は箸を綺麗に並べて弁当箱の上に置く。栗之先輩の眼差しがゆっくりと俺の視線から上へと逸れていき木々の葉を捉えていた。俺は軽くおかずを弁当から口に運びながら栗之先輩を眺める。その眼差しからは今後への期待が微かに見受けられて俺の心はつい安心していた。 


「何かわかったこととかありますか?」


 俺は栗之先輩に理解したことについて尋ねる。栗之先輩は慎重に顔を水平気味に下げると俺と目を合わ

せる。


「分かったというか、いつもお母さんと仕事の話が多いんだけど自分からはしつこいぐらい振る話題が仕事のことばかりで、そのときのお父さんの顔見たら重圧に耐えているようにどこか辛そうなの。多分仕事のことだと思うけど、だから仕事のことばかり考えるんだろうね。正直わたしからしたらいつもと変わらないようも見えたんだけど、小学生の頃の記憶と比較したらどこか違和感があるのね」


「相当思い込んでいるかもしれませんね。けど悩みってもしかして会社の業績が悪いとかですか?」


 仕事という単語を耳にして俺は率直に会社の業績が悪化したのではと会社とは他人ながら不安になった。社長という立場なら業績が悪化すれば心にゆとりがなくなる要因になり得る。


「昔聞いたお母さんの話だど会社自体は安定しているみたい。だから業績悪化とかはないはずだけど」

 栗之先輩は俺の発言を迷うことなく否定する。


「ならなんでそんなに仕事の件で苦悩しているんでしょうか」


 何かに違和感を覚えつつも俺はそれを掴めないまま心に気がかりが生じていた。

「だからこそわたしとしてはお母さんとも更に協力してお父さんの悩みを解決しないといけないとは考えてる。まあお父さんは社長だから社長特有の悩みとかあるかもしれないけど、それを副社長のお母さんにすら話さないのは何だかおかしいし、お父さんの悩みについては今のところは見当がつかないよ」

 弱音を吐くように言葉を発するに連れ栗之先輩の声から勢いが失われていく。


「いつか分かる日が来ますよ」


 俺は場を盛り下がらないようにあえて前向きな言葉を投じる。栗之先輩は俺の言葉に頷きながら伏し目で弁当を見つめながらこれまでの行動を反省していた。


「もう少しお父さんときちんと向き合っていればよかったかな」

「今向き合っているだけど十分立派です」

「解かりあえればなお良いけどね。しばらくしたら進学のこともう一度話し見る。お父さんからは話降ってこないけど、まあ否定した本人だから言いにくいだろうし」


 希望を抱いた丈夫そうな目つきを見せながら栗之先輩は微笑むと弁当に置いていた箸を再度手に取りご飯をすくい上げる。


「もう一度認められるといいですね」


 俺も栗之先輩の行動が上手くいくよう願いながら箸で弁当の片隅にあるおかずを挟み込んだ。


 昼休みが終わる十分前に栗之先輩と別れた俺はスライド式の自教室の扉を横に動かす。扉はガシャガシャと煩い音を立てる。教室には七割程度の学生が話したり席に座って参考書見てたりしていた。残りの三割は他クラスで友達と雑談しているかグラウンドで遊んでいるはずだ。俺は自席へと向かうが「おーい!」と行地の席を通り過ぎたとき既に着席していた行地に呼び止められる。行地の席に目をやると授業の復習でもしていたのか開かれた教科書とノートが置かれていた。


「行地なにかようか?」


 俺は先程まで食べていた弁当箱を体の正面で持ちながら微かに笑みを浮かべながら答える。その俺を行地は目玉が突き出そうな勢いで目を大きく見開き俺の表情をじっと見ていた。


「ふざける目的で呼び止めたのなら俺は席に戻るぞ」


 俺は呆れ気味に行地に注意する。


「いや今日も例の先輩と昼食を食べていたのか聞きたくて」


 行地は面白がるように腕を組みながら口角を釣り上げる。その光景を見た俺は行地の瞳から逃れるよう

に慌てて首を横に捻る。俺はどう対応しようかと小さく息を吐きながら脳を働かせていた。ここ三週間ほどで栗之先輩と昼食を食べる回数は格段に増えたが、一緒に居る所をクラスメートの友人に発見されてしまい付き合っているのではないかと知り合いの間で囁かれていた。俺は相手が三年生であることと明かした上で交際はしていないと強く否定したのだが、相手が先輩であることが話を余計に大きくしてしまい今ではクラスメートの大半がこの噂を把握している状態だ。


「ご飯は食べたけど、普通に話をしていただけだよ」


 顔の向きを再度行地に戻すが微妙に目は合わせてはいない。そのまま俺は平穏な口調で咄嗟に考えた嘘を口から発する。流石に栗之先輩の家族の話をしていたことは無関係の人間には教えられない。


「やっぱり今日もご飯を食べてたんだ。次のデートの話でもしていたのか?」

「だから前にも言ったけど付き合ってないよ」 


 俺は呆れ気味に疑惑を否定すると若干顔を歪ませた。行地も机の教科書とノートを重ねながら解答に不満げを抱いており更に追求を続ける。


「交際しているかは今はこれ以上尋ねないけど、好きって気持ちぐらいあるだろう」


 行地から栗之先輩への恋愛感情を問われた俺の心は大きく弾けた。だがその動きはすぐさま収束する。正直なところ俺としては自らの家庭事情と対面している俺にとって恋愛する余裕はなかった。更に栗之先輩の家族の問題に協力している立場としては、栗之先輩を少しでも手助けしたいという想いが強く恋愛対象として意識しづらかった。


「悪いけどそれすらもないよ。俺そろそろ弁当片付けたいからまたな」


 俺はあっさりした感じで会話を切り上げることを告げ行地の席から離れていく。栗之先輩への気持ちを整理していると達観するように心身ともに体が冷めていた。そのおかげか体は妙に軽く今ならサッカーでも活躍できそうな気が自然と湧いていた。だけど栗之先輩と出掛けたショッピングモールのことを思い返す。あの時間は確かに楽しく心は浮ついていた。それについてぼんやりと考えながら俺は自分の鞄を入れているロッカーの前に行く。鞄のファスナーを開け空っぽの弁当箱をその中に納めた。

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