第13話 時間をかけて

 自室のベッドの上であぐらをかきながらスマホの会話アプリで取っていた。画面内のチャットには栗之先輩とのやり取りがいくつも並んでいるが今日連絡を取っている分の全てが栗之先輩のお父さんの件だった。ショッピングモールから帰宅後ご飯だけ食べてこうして栗之先輩と今後の対応を考えていた。なのだがまともな案は全く出てこなかった。


『やっぱりお父さんとちゃんと話し合うべきですかね』


 話し合いが厳しいのは理解していたが策が思いつかない現状だと、これが現段階ではもっとも有効的な手だと考えていた。

『けど指摘しただけで激怒したから今すぐにはその件に触れないほうがいいかも』


 栗之先輩からは案の定提案を却下される。スマホと対面しながら深いため息を吐いてしまう。


『場合によっては状況が悪化しそうですし話し合いは避けたほうが良さげですね』

『うーん、難しいね』

『二人だけだと意見が中々出づらいですね』


 二人だけだと意見の幅がどうしても狭くなりがちだった。


『誰か助けてくれる人がいればいいけどって、流石に学校の友人には話しづらいな』


 このメッセージだけ見て栗之先輩が抱えている問題がいかに他者に相談しづらいかが分かる。学校の友人に話せばかなり心配されるのは目に見ている。栗之先輩も今まではあまりそれを望んでこなかったはずだ。俺は腕を組みながら精一杯頭を回転させる。すると一人の人物の名前が浮かび上がってきた。


『もしかしたら姉さんなら助けになってくれるかもしれません。社会人ですし学生よりは策も思いつきやすいはずですし』

『知らない人の悩みなのに迷惑じゃない? 大丈夫?』


 栗之先輩から姉さんへの協力を心配するメッセージが送られてくる。確かに姉さんからすれば栗之先輩は全くの赤の他人だ。問題解決に手を貸す必要性はない。ただ姉さんなら話を聞けば絶対に助けてくれる確信があった。 


『たぶん協力してくれるはずです』

『ならお願いしてもいいかな』

『了解です。時間それなりにかかるのでしばらくしたらまた連絡しますね』


 栗之先輩とのチャット画面を閉じるとすぐさま姉さんとのチャット画面を開いてメッセージを打ち込む。


『姉さん相談したいことあるけどいいかな』

『父さんのこと? それなら当面は却下で』


 メッセージを送信して僅か数分後姉さんから返信が来たがその内容を見て俺は苦笑いする。余程父さんの話題を耳にしたくないのが把握できた。


『父親のことだけど、俺達の父さんのことではないよ』

『意味がよく分からない』

『その学校の先輩が父親と喧嘩してその和解手段を一緒に考えてほしくて』

『私でいいの? それとその人から私に話す許可は貰ったの?』


 やはり姉さんから端的に戸惑いを感じさせるメッセージが送られてくる。大抵の人が赤の他人の問題解決に関わってほしいと頼まれても躊躇うだろう。だから姉さんの反応も想定内だった。


『既に許可は取ってある』

『状況としては深刻なの?』

『かなり』

『なら明日空いている? この前言ったカフェで話聞くよ』


 俺はメッセージを閲覧して驚きの声が出そうになった。俺としてはこの相談のやり取りはメッセージもしくは電話での想定していたため、直接会うことは考慮していなかった。


『いいの? 明日休みじゃないの』


 姉さんの職業は完全週休二日制だ。故に明日も休みではあるが流石に相談を持ちかけられて翌日に会うのは姉弟とはいえ無茶をしていなかと心配になる。


『別に予定はないからいいよ』


 姉さんから送られてきたメッセージを読んで俺は姉さんの判断の早さに感謝する。


『なら集合時間は――』


 その後俺達は集合時間を決め手短な雑談をしてから連絡を終えた。


 以前姉さんと来たカフェに俺達姉弟は再び栗之先輩の件で訪れていた。姉さんの手前にはコーヒー、そして俺の手前にはオレンジジュースが置かれている。姉さんは一口だけコーヒーに飲むと話を切り出す。


「松貴、まずは軽く概要だけ教えてもらっていい?」


 姉さんから今回の概要を求められた俺は把握している情報を簡潔に伝える。それを耳にした姉さんは難しい顔付きで少し黙り込んでいた。夢を反対された状況に姉さんとした引っ掛かる点があるのだろう。


「栗之さんかなり可愛そうね。夢を反対されるなんて。そして両親の仲が悪化しているなんて。今の私ならわたしなら逃げ出してしまいそう」


 感想を述べた後姉さんは口を僅かに開いていたが栗之先輩を哀れむように歯を強く噛み締めているのが伺えた。


「正直俺もどうしたらいいか分からなくて、それで姉さんの助言を聞きたいと思って今日呼び出したんだ」


 俺は解決策が思いつかない現状に嘆きながら俺はコップを握り締める。ミックスジュースのコップは一瞬驚くほどひんやりとしていた。


「栗之さんのお父さんは今まで進路については認めていたから、時間が経てば再び認めてくれると思う」


 姉さんの今後の予想に俺は笑みを浮かべることはなく、険しい顔付きをしていた。


「時間か……ただ栗之先輩の目的の一つが両親の関係修復もあるからあんまり時間はかけられないかもしれない」


 時間を費やして進路問題が解決しても両親の関係については解決したとは言えない。むしろ栗之先輩が卒業後両親との時間が減る可能性を考慮すれば、栗之先輩が在学中にこの問題は打開しなければならない。


「今までも関係に溝が出来ている夫婦で栗之さんが卒業した後も自然的に関係が修復されるとは思いづらいわね」

「だからこそ何か解決策はないかな。姉さん」


 真剣な眼差しで姉さんに懇願する。姉さんはカップを口につけてコーヒーを喉に運んだ後カップを皿の上に載せた。 


「速攻で解決できる策はないわね。残念ながら。それは松貴が十分理解しているはずよ。だけど段階を踏んでいけば何とかなると思う」

「段階的? 具体的にはどうすればいい?」


 俺は背筋を伸ばし姉さんから助言にすがるように早口で詳しい内容を訊く。


「とりあえずはくりのさんがお父さんと会う機会を増やすことかな。その子聞いたところあんまり自宅に帰宅していないようだし、会う頻度が増えればお父さんと打ち解けやすくなるはずよ。本題に言及するのは親子の関係をしっかりとした構築してからね。多分本題を話すまでにそこまで時間は費やさないとはず」


 姉さんはカップの取っ手に優しく手を添えながら詳細を説明する。姉さんからの発案を聞いた俺は深く同感していた。俺の知恵や経験では簡単には考えつかなかっただろう。


「段階的か。俺はどうしてもすぐに作用する策を考えていたから助かるよ」

「少なくとも栗之さんのお父さんは子供の夢を認めるなど根底的には寛容的な人に感じられるから。ただ今は何らかの事情で家族との関係が上手くいっていないだけだと思う」


 姉さんは栗之先輩のお父さんの状況を懸念するように言う。恐らくだが栗之先輩のお父さん自身の心境が大きく変わらないとこの問題は解決できないだろう。


「俺も栗之先輩の発言が何かの逆鱗に触れて栗之先輩のお父さんは怒ったように感じるというか。具体的には思いつかないけど」

「まあ親が怒る理由なんて色々とあるからね。それにしても栗之先輩って松貴の彼女?」


 姉さんは怪しげな瞳で俺を凝視しながら唐突に話題を切り替える。斜め上の問いかけに体中の神経は過剰に反応し姉さんから逃げるように顔を逸らす。


「違うよ。ただ先輩だよ。出会ったのも二年生になってからだし」


 俺は首を激しく振りながら否定する。栗之先輩は俺にとって憧れではあるが現時点でははっきりとした好意が心の中に察知したことはなかった。


「まだ出会って日が浅いんだね。けど栗之さん無事に抱えてる悩みが晴れると良いわね」


 姉さんは微笑みながら大人しい声でこの問題の行方を案じていた。


「うん」


 俺も小さくうなずきながらドリンクを喉を潤わせる。


「そろそろ帰るかな」


 姉さんはスマホの時刻を見ながら話を切り出す。栗之先輩の件を話し終えた後少しばかし俺は学校での現況を姉さんに報告していた。その報告で十分程度は経っていた。


「そうだね」


 俺は飲み干されたコップを見ながら返事をする。俺達は会計を済ませると店の外に出る。俺は今日の感謝を伝えようと姉さんの顔を見る。その顔付きは渋く俺はその顔を見て思わず息を呑み込んだ。


「それとわたしは父さんと和解する気はないからね。父さんから和解を要望しても絶対に会う気すらないから。それじゃね松貴」


 冷たく自らは和解する意志がないことを断言して姉さんは立ち去ってしまう。 

「姉さん……」


 姉さんを呼び止めるにはあまりも小さしすぎる声量で俺は虚しく呟く。そして遠くへと去っていく姉さんを見ながら俺はただ佇んでいた。栗之先輩の件から父さんとの和解に話を繋げられるのを避けるために姉さんは俺を牽制したのだ。あの二人が和解するのが困難であることは理解していた。だが姉さんの態度を見て俺は一生無理かもしれないと自覚した。


 カフェから駅前まで戻ってきた俺はスマホで栗之先輩に相談が終わったことを会話アプリで報告する。報告だけ済ませたら帰宅を考えていたが、すぐさま栗之先輩から姉さんの意見について尋ねる趣旨の返事が送られてきた。俺はわりと具体的な案を提示してくれました、と答えると栗之先輩からは通話モードで具体的な話を聞きたいとの要望が伝えられる。外出中だったため俺は少し悩むが外出中であることだけ伝え会話アプリの通話機能で栗之先輩に連絡をかける。


「松貴くん、今日はごめんね。外なのに連絡してもらって」


 スマホ越しから聞こえる謝罪の声はいつもよりかは縮まっていた。急いで報告を求めたことに失礼だと感じているようだった。


「気にしなくていいですよ。外から連絡かけるって決めたのは俺自身なので。それより姉さんからの相談内容を伝えますね」


 俺は出来る限り陽気な声調で栗之先輩の行動を擁護する。俺自身としては外出先から通話するのは気にしない。むしろ外からだと他者の声などで俺の声が聞き取りにくくなることを懸念していた。幸い付近の人通りや車の通行量は少ないので通話に支障はなかった。


「うん、お願い」


 俺はカフェでの会話内容を詳しく伝えていく。その間栗之先輩は相槌以外殆ど発言せず聞くことに集中していた。


「お父さんと話し合うのではなく純粋に会う回数を増やすのは、ちょっと勇気がいるかもね」


 姉さんの提案に言葉では懸念を示すがそれは軽いものであり栗之先輩の反応は興味を抱いているようだった。


「まあ会う回数をどうするかは栗之先輩次第ですが、あまり無理はしないで下さいね」


 俺は念の為注意を促しておく。姉さんの策は有効的かもしれないが栗之先輩が無茶をしては意味はない。


「まあ家にはお母さんもいるから問題ないよ。心配しくれてありがとね。せっかく貰った助言だからしっかりと取り組んでみるよ。けどどんな風に会う回数増やせばいいかな。正直今のお父さんはわたしのことがかなり懸念していると思うか。いきなり普通に接しようとしてもお父さん怪しんでぎこちなくなるかも」


 栗之先輩は父親への接し方について悩んでいた。


「……最初は家に帰る回数だけ増やして無理にお父さんと会話する必要はないかもしれません。家ではお

母さんとの会話を中心にしてたまにお父さんに会話を振り程度にすればお父さんも警戒心も解けていくと思いますし」


 姉さんの推測を基に俺は栗之先輩に助言を送る。姉さんの推測が正しければ栗之先輩のお父さんは今回の件を根に持つことはないはず。ただ娘にはこの一件で接しづらくなっているも考えられるため、まずは会う回数は増やすいて警戒心と解いていけばいいと俺は考えた。


「無理してお父さんと会話しなくてもいいよね。とりあえずお母さんにこの案を伝えて協力してもらうよ。急にわたしが帰る回数を増やしたらお母さんまで不安にさせるし」


 自信を得たかのように栗之先輩の反応は徐々に朗らかになっていく。お母さんという心強い協力者がいる栗之先輩なら今回の件は上手く対応できるだろう。


「お母さんの協力があれば今回の件はだいぶ早く収束できるでしょうからいいと思いますよ」

「お母さんと協力してなんとか頑張るよ。それと今日はありがとね。わたしのためにお姉さんまでに手伝ってもらって。お姉さんにありがとうって伝えておいて。またいつか直接お礼できたらしたいけど」


 栗之先輩から代理で姉への礼を頼まれる。姉さんは礼など求めてはいないだろうが今回の件にはかなり肩入れしていたため、もしかしたらこの件の続報を問われるかもしれない。


「姉さんにちゃんと伝えておきますね。それじゃ通話切りますね」

「うんわかった。またね」


 栗之先輩の別れの言葉が耳に入ると俺はスマホを耳から離し通話終了のボタンを押した。これからどうなるかは栗之先輩次第だが俺は無事に問題が解決することを願いながら駅のホームに足を進めていく。

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