第12話 途絶えかける夢
ショッピンモールの一角にあるスポーツショップで俺はサッカーのスパイクに興味を引かれていた。手に持っている紙袋には栗之先輩に選んでもらった衣服が入っている。アパレルショップを出た後お昼まで様々な店舗を回りその後お昼ご飯を食べて今は俺の要望でスポーツショップに来ていた。朝から目を付けていた着目していたスポーツショップを見れて俺としては満足していた。
「松貴くんサッカーかなり好きなんだね」
俺の隣に立っている栗之先輩が微笑ましそう俺に語りかける。
「中学時代はサッカー部でしたしそれに観戦するのもプレーするのも両方好きなのね」
サッカー部を卒業して数年が経つが未だにサッカーアイテムを目にすると想いが昂ることが多い。買う予定がなくても新しいモデルのアイテムが出ているか確認することもある。
「今はサッカーしないの?」
栗之先輩のさりげない質問に俺は団体競技特有の事情を思い出しながら、人数集めの苦労で侘しい心境を抱いていた。
「中学時代の友達とかとたまにすることはありますけど、普段はボールにすら触れいないですね。一人じゃ出来ないスポーツなので」
「サッカーって本格的に試合しようとしたら二十二人はいるもんね。遊びだと流石にそこまで集めないだろうけど、それでもそれなりの人数は欲しいよね」
栗之先輩は同情するかのような顔付きで下目でスパイクを見ていた。
「サッカーは確かに人集め大変ですね」
一チーム十一人で試合を行うサッカーにおいて二十二人を趣味で集めるのは現実的ではない。なので大抵人数は妥協し規模は縮小して行うことが圧倒的だ。それでも中学時代の友人は高校でも部活に加入していることが多く土日にも部活動はある。そのため十人程度集めるのにも一苦労であり必然とサッカーをプレーする機会は限られていた。
「けどスポーツをしているときは楽しいよね。わたしも小さい頃だけど親にスキー場連れて行ってもらったけど、斜面から滑った経験なんてなかったから楽しくて、今でもあのときの記憶はよく覚えているな」
栗之先輩は太ももの前辺りで両手を組みながら過去の思い出を口にする。スキーと単語が耳に入った瞬間頭の中にあるとある記憶が引っ張り出されて、俺はそっと笑っていた。
「滑ったことありますけどスキーもいいですよね。あんな体験は中々得られないですから」
「松貴くんも滑ってたことあるんだ。本当にゲレンデを滑る感覚はスリルで興奮したな」
ゲレンデを滑る感覚は確かに素晴らしい。俺は初めて滑ったときは感動してスキーの虜になった。
「僕はカーブ曲がるときコースアウトしないかいつも不安でしたね」
俺はスキーで経験した苦い記憶を懐かしく感じていた。
「コースアウトはよくわからないけど、まあコケることもあるから不安になるよね」
栗之先輩は俺の顔を疑問そうに目にしていた。この会話の方向性では俺が語りたいスキーの話は適していないと俺は後悔した。少なくとも競技にはあまり興味がなさそうな栗之先輩の前で口にしていい話題ではなかった。
「そろそろスポーツショップから出ますか? かなり滞在したので」
俺は隣でスポーツウェアを眺めていた栗之先輩に声を掛ける。スポーツショップに入って三十分近くが経過していた。そこまで長居する気はなかったつい色々と見回っていた。正直栗之先輩も退屈していないか不安だったが、栗之先輩は思ったよりもスポーツの話には興味を持っていた。意外と性格面はスポーツに向いているのかもしれない。何となくだがこの人だったら一緒にあの場所に行っても楽しいのではないかと思ってしまう。
「そうだね、そろそろ出ようか」
栗之先輩は提言に承諾すると店の出口に向かって歩き出す。俺は栗之先輩に次の行き先の希望を尋ねると栗之先輩は少し間無言で考え込んでしまう。俺はスポーツショップに長居したことで顰蹙を買ったと急激に不安になる。スポーツショップから出て少し進むと栗之先輩はようやく言葉を発した。
「あのね松貴くんもし良かったら話したいことあるんだけどいいかな? 多分重たい話題になるけど」
栗之先輩は躊躇いを感じさせる瞳でこちらを見据えている。
「いいですよ。それならベンチかお店の中で話聞きますね」
表情を一つ変えずに俺は栗之先輩から頼みを了承した。公園での出来事が無ければ恐らくは俺は当然のことにすぐには声が出なかったかもしれない。もっとも栗之先輩の事情を把握している都合上大まかな話の内容は予想できた。
「ありがとう。松貴くん」
栗之先輩から短めの言葉だが非常に重みのある声で礼を告げられる。俺達は話し合うためショッピングモールの一階にあるベンチに移動した。
「話ってもしかしてお父さんの件ですか」
俺はベンチに浅く座り端的に要件を確かめる。
「お父さんの件だけど進路にも関わることかな」
「進路のことですか?」
栗之先輩の返答を聞いて俺は反射的に目を見開く。お父さんと進路の関連性がすぐには把握できなかった。いずれにせよ進路が関わっているとなれば三年生の栗之先輩にとって重要性がかなり高くなる。栗之先輩は話の重さから気を紛らわすようにやや俯き気味に経緯を話し始める。
「昨日、実家に帰宅したときにお父さんと二人っきりになったときがあったの。元々お母さんから最近お父さんと会話が乏しいことや外出する機会が一年前と比べてもかなり減ってきている悩みを伝えられていたのね。ただでさえ仲が微妙にだったのにこれ以上夫婦の距離が広がるのは流石にお母さんも辛いみたいで、それでわたしがお父さんにそのこと指摘したの」
夫婦としての時間が削られるのはかなり辛いだろうし、幸せとはだいぶかけ離れている。子供に相談するぐらいだから栗之先輩のお母さんの相当思い詰めているはずだ。
「それでどうなってのですか」
「お父さん逆上して、それで許可してくれていた服飾専門学校への進学を認めないって言われたの。それがショックでわたし家飛び出して、今は将来のことでかなり不安になってるところ」
一瞬お父さんへの不満が外に出るかのように栗之先輩は眉間に皺を寄せる。話し方も声自体は落ち着いてるとはいえず、普段と比べると多少激しめだった。栗之先輩のお父さんも進路の許可を撤回したいうことはかなり激怒していると推測していいだろう。
「まさかお父さんが反対するなんて相当まずいですね」
「今更反対されてもわたしどうしたらいいか分からないし、お母さんは何とかするって言っているけど、
お母さんもこの話題には関与しているから当面はお父さんに言及しづらいはず」
栗之先輩は嘆息を吐くと絶望したかのようにショッピングモールに広大な天井を見上げていた。俺はそんな栗之先輩の状況を憂慮しながらも自らの希望を反対された姉さんを彷彿とさせていた。
「栗之先輩としては進路の件をもう一度認めてもらいたのでしょうか」
栗之先輩は俺と目線を重ね、あまりにも活力に欠けた声で返事をする。もはや栗之先輩としてはこの状況を打開する手段が考えつかずに侘しさを抱きつつあるのだろう。
「それもあるけど、お母さんはお父さんと睦まじくまた暮らしたいみたいで、多分お母さんも経営側の人間だからお父さんの苦労が分かっていると思う。わたしには具体的なことはわからないけど物凄い責任のある立場だから。だからこそ家族としては仕事のことは抜きに関係を構築したいのかな」
「当事者じゃないとわからないこともありますよね。いくら子供だからといっても両親の関係までは把握しきれないですから」
栗之先輩の両親の関係は下手をすれば離婚していても不自然ではない。ただ同じ会社の経営者という立場上簡単には縁は切りにくはずだ。そして何より栗之先輩のお母さん本人が関係改善を望んでいる。親になったことがない俺には親の気持ちを理解することは難しすぎた。だからといって諦めてしまうのはまた違うと俺は強く考えていた。
「何考えているのか分かればいいのに。本当どうすればいいんだろう」
栗之先輩は両手を首筋に当てながら悩んでいた。俺はどこまで力添えになれるかに不安を抱きながらも栗之先輩に言葉を掛ける。
「今すぐには解決策を出すのは難しいですけど、僕も力になりますよ」
栗之先輩は申し訳なさそうな瞳をしながらも表情は確実に和やかになりつつあった。
「松貴くんそう言ってくれてありがとうね。頼りにするね」
「自分から名乗った以上はどこまでの手を貸しますから安心してください」
俺はどこから湧いてくるかも分からない自信を根拠に力強い顔付きをしながら宣言する。親という共通の問題で悩む栗之先輩に俺はかなり同情していたが、この人を助けたいという想いが胸の中には強く出ていた。
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