第11話 輝く瞬間
目が微かに開く。ベッドで仰向けで横になっていた俺は太陽の光である程度明るくなった部屋の天井だった。熟睡できたおかげか体は想像以上に軽く眠気はなかった。念の為スマホの時刻を確認するが栗之先輩との集合時刻には時間の余裕少しあった。俺は床の上に立ち上がると俺は洗面台へと向かう。リビングを通るがまだ早朝ということもあり誰も起きてはいない。普段は早起きの父さんも休日のときはこの時間帯は基本的に睡眠中だ。
洗面台に着くと蛇口のレバーに手を添えるが体がふわつき始める。今日の予定のことが頭の中を埋め尽くしており、俺は今日のことで浮かれているのだと自覚した。やはり異性と遊びに行く経験が乏しい俺にとって今日のこと緊張してしまうのだろう。俺はそんな自分の心境に戸惑い苦笑しながらも顔を洗った。
顔をお洗い終えた俺は朝食を作り他に誰も居ない食卓の椅子に座る。朝食を口に運びながらショッピングモールでの行動を考えていた。栗之先輩がファッションを物凄く好む都合上アパレルショップにはいくつか立ち寄ることになるのは予想できた。もっともそれ以外の行動についてはあまり頭に思い浮かばない。昼食もどうような場所で食べるべきか数日前から悩んだりしていた。やがて手で欠伸を隠しながら母さんが自分の部屋からリビングに顔を出す。
「松貴おはよう。朝早く起きているけど今日もアルバイト?」
母さんは俺の側で立ち止まり半目で俺を見ようとしていたが、まだ眠気が体に残っているのか目の焦点が微妙に定まっていない。
「アルバイトは休みだよ。今日は遊びの予定だよ」
俺は口に含んでいたものを胃へと送り母さんの発言に応じる。朝早くからスーパーに出勤することは珍しくないため、早朝から起きている俺の予定がアルバイトなど思い込んだのだろう。
「何時頃に帰る? 晩御飯の仕度もあるから」
母さんは左手人差し指で眠気を飛ばすかのように左目を擦る。
「夜になる前には帰るよ」
帰り時間は打ち合わせしていないが、朝早くから俺が遊びに行く際は大抵夕方までに帰宅していた。今
日も夜遅くに帰ることはないはずだ。
「もし夜に帰りそうなら電話してね」
「わかった」
母さんは洗面台へと向かっていくが足元にはあまり力が入っていないように感じ取れた。朝食を食べ終えた俺は部屋に戻る。少し寛ごうとソファーに腰を落としながらスマホを手に取る。昨日は今日の集合時刻が朝ということもあり早めに就寝した影響で会話アプリにて知人からのメッセージがいくつか貯まっていた。今日は夕方が終わるまで返信できない可能性が高いため、要件のあるメッセージには出来る限り返信していく。
昨日の夜も会話アプリを長時間使用していたが、殆ど栗之先輩とメッセージで連絡を取り合っていた。最初はショッピングモールの件で話し合っていたつもりだがいつの間に話が脱線していたが、栗之先輩とのメッセージのやり取りに俺は夢中になってスマホを操作していた。友人達への返事を終えると俺はタンスから服を取り出して着替えると、テレビを見て時間を潰してから待ち合わせにはまだ早いが母さんに
「いってきます」と伝えてから家の扉を開けた。
ショッピングモールから少し離れた場所で俺は立ったまま栗之先輩を待っていた。日曜日のため周囲には家族や友人で訪れていると思われる人たちが賑わっている。ここがショッピングモールということもあるが、近辺ではショッピングモールが他にないため人が集まりやすい傾向がある。俺はスマホで時刻を見ながら若干早すぎたかと感じていた。集合時刻よりも一五分も早く待ち合わせ場所に辿り着いていたのだ。遅刻しないのは良いことであり、初めて遊ぶ人相手に遅刻するわけにはいかない。もっとも交通機関に乗車しているときから心がざわついており、やはり栗之先輩と遊ぶことに無意識で緊張しているようだ。
俺はまだ時間もあるためベンチに腰掛けて待とうと考え、辺りを見渡しベンチを探していると微笑みながら駆け足でこちらへ近づく人が見えた。その姿に気づいた俺は驚きを覚えつつも笑顔で近づく人物を迎える。
「松貴くん、おはよう。随分早くから待っていたんだね」
栗之先輩は立ち止まると柔らかい瞳で俺と目を合わると俺が早くから待っていたことを企むような顔付きでからかってくる。栗之先輩は長さが膝つ踝の中間の水色シャツワンピースを身につけており、裾より下からはシャツワンピースの中に着用している紺のやや広めのパンツの裾付近が出ている。衣装からは綺麗な海辺ような清涼感を醸し出されており、全体的には冷静さが強いが活発も併せ持った雰囲気を深く感じ取れた。
「おはようございます。そういう栗之先輩もまだ待ち合わせ時刻まで十五分ぐらい余っていますよ」
俺は栗之先輩も予定時刻より早いことを弾んだ声で指摘する。出会って一番に栗之先輩がからかってくれたおかげで、栗之先輩が場を和ませてくれたおかげで緊張は体から立ち去った。
「万一遅れたら松貴くんに迷惑かかると思うとちょっと早く家を出てたよ。そしたら思ったよりも早く着いてたよ」
栗之先輩は頭を抱えるように片手で頭を抑えながら苦笑いする。まさか二人共予定時刻よりもそれなりに早く着くとは思ってもいなかった。
「僕も似たようなものです。だけど自分は少しばかり遅刻されても気にしませんけどね」
俺は宙にふらついていた片手を腰に添える。待ち合わせ相手が遅刻しない方こちらとしても嬉しいが、多少の遅刻ぐらいは大目に見ている。
「松貴くんって結構寛容的なんだね。そういうとこ見習わないとね」
栗之先輩は俺の言動に感心するように二回ほど頷く。
「待つのはそこまで苦手ではないだけですよ。それとショッピングモールどの店舗から寄りますか?」
あまり過大評価されても反応に困る俺は愛想笑いしながらショッピングモールの方を顔を向けながら話も切り替える。今日の予定はほぼノープランだったため何も決まっていない。ただノープランでショッピングモールを周るのも悪くはない。栗之先輩は「うーん……どこから寄ろうか」と浅く唸りながら思案する。
「店内にマップあるからそこ見てから決めようか。時間はたっぷりあるわけだし」
どうやら計画を作成するのを諦めようでショッピングモールを手で示す。
「マップ見てから決めたほうが良さそうですね」
俺達二人はここに来るまでの経緯を話しながらショッピングモールへと歩いていく。
ショッピングモールへと入るとマップを確認する。俺としてはスポーツ用具店が気になったが、マップを熟視して行き先を検討中の栗之先輩に配慮してあえて希望を口に出さずにいた。しばらくすると栗之先輩はインテリア雑貨の店を希望したためインテリア雑貨の店を先に訪れることになった。向かったインテリア雑貨の店はタンスやテーブルなどの家具にクッションや観葉植物といったインテリアグッズなど置かれているが、店内のレイアウトによって味のある雰囲気となっており、陳列されている商品の大半もデザインが優れており洗練されていた。
俺が店内の商品や雰囲気に圧倒されているうちに栗之先輩は陳列棚に並べられている木製のバスケットに瞳が惹かれていた。
「このバケット可愛くないかな?」
栗之先輩から意見を求められる。シンプルだが可愛らしいバスケットは栗之先輩の部屋であれば似合うかもしれない。
「確かに可愛いですね。部屋に置いたら部屋の見栄えがちょっと良くなりそう」
「だったら買おうかな」
栗之先輩は幸せそうにバケットを手に取る。その様子を見ていたが自分の服装が気になっていた。今日の俺の服装は白色の無地パーカーとジーンズという無難な服装だった。見比べると明らかに地味だ。あまりファッションにこだわることがなかった俺だが、服装に気を配っている栗之先輩が近くにいると少しばかしファッションに関心を持つべきかと悩んでいた。
「松貴くんかなり真剣な表情しているけど、何か商品のことで気になることあった?」
栗之先輩は首を傾げながら尋ねてくる。自分でも気づかないうちに表情が強張っていた。俺は率直にファッションへの悩むを打ち明ける。
「いや栗之先輩の服装見ていると、俺ってあんまり服に凝ってないなと自分に落胆していました」
「別に松貴くんの服装悪くはないと思うけど、松貴くんってあんまり服を買わない感じ?」
「服が着れる状態であれば、あまり買い換えないですね。高校入学後は身長も殆ど伸びてないですから余計に買ってないです」
お金を無駄遣いしたくない俺は服を買い換えるのこと機会は乏しい。このパーカーも去年買ったものであり、ファッション雑誌も一度も見たことがない。
「あんまり買い換えないのか。せっかくだからわたしが服選ぶの手伝おうか?」
栗之先輩は顔を突き出し力強い眼差しを俺に注いでくる。ファッションを好むことは知っていたが、眼差しから感じられる度合いは尋常ではなく本気で服選びに手伝いことが分かった。
「せっかくショッピングモールに来たのに僕の服選びで時間を潰すのは栗之先輩に迷惑だと思うので大丈夫ですよ」
俺は栗之先輩からの提案を断る。栗之先輩が本気であっても俺のために時間を費やすのは気が引ける。
「私は別に迷惑じゃないよ。むしろ服選ぶのは大好きだから、駄目かな」
栗之先輩はさみしげそうに懇願してくる。
「ならお願いしてもいいですか」
俺は服選びの見当が全く思いつかないまま栗之先輩に了承の返事をする。流石に栗之先輩が強く服選びの手伝いを申し出ているのにこれ以上断るのは失礼だと思った。
「わたし出来る限り松貴くんの似合うの選ぶように頑張るね」
軽やかな顔でそう告げた栗之先輩は持っていたバケットを陳列棚に戻し、店の外側を指差す。
「松貴くん店は色々とあるから早く見に行こう」
もう少しばかりインテリア雑貨店を見て回るかと思っていが予想以上に早い展開に戸惑いつつも、俺は服選びに期待していた。栗之先輩と俺はショッピングモール内に掲げられている敷地内の地図でメンズのアパレルショップを把握した後いくつかのアパレルショップを見て回っていた。初めのうちはすぐに服選びは終わるだろうと予測していたが、栗之先輩はいくもの衣装を俺の前に重ね合わせて俺に似合うかを検討するが中々納得が行かないようで、何店もの店を訪れていた。俺からしたら栗之先輩が手に取った衣装はどれも立派に見えていたが、やはり衣装と着用者との相性は大事なのだろう。
「これなら似合うかな」
栗之先輩は難しい顔をしながら黒の二分袖ニットベストに目を凝らしていた。今訪れている店舗は内装
や陳列棚といった道具はあまり目立たない色や素材で揃えられており、沈着とした雰囲気を溢れている。取り扱っている商品もあまり派手な色や形状のものはない。個人的も今まで見て回った店よりかは好みといえる。
「松貴くん、少しこっち見てもらっていいかな」
栗之先輩は先に買い物カゴに入れていたベージュのスラックスと先ほどまで見ていたがニットベストを手に持っていた。俺は栗之先輩の指示通り栗之先輩側の方を向いて静止する。
「うーん」
栗之先輩は俺に重ねるようにニットとスラックスを上下に並べながら熟考する。
「どうですか栗之先輩」
一分程度経つと俺は結果が気になって服装の結果について尋ねる。
「この組み合わせなら松貴くんに似合うと思うな。あとはニットベストの中に着るカットソーが必要だね」
晴れやかな顔付きで栗之先輩は服装に納得していた。そのまま手に持った商品を買い物カゴに入れると、辺りを見渡しカットソーが並べられている陳列棚まで寄ると白いカットソーを買い物カゴに入れてこっちに戻ってきた。
「これでいいよ。松貴くん試着室に入って着てみて」
栗之先輩から買い物カゴを渡され、試着室を指で指しながら試着するように促さえる。
「親以外の他の人に服を選んでもらうことなんてなかったので少し楽しみです」
今から起きる自分の変化に胸はかなり熱くなっていた。どのような変化をするかは未知数だが栗之先輩が衣服を選んでいたときに伺った感じだと悪くなることはないはずだ。
「たぶん気にいってくれるはずかな」
栗之先輩は首に手を当てながら僅かばかし心配そうにしていた。
「栗之先輩が選んだから大丈夫ですよ。それなら行ってきますね」
俺は栗之先輩を励ますと店内の奥にある試着室へと向かう。
「私は試着室の前に居るから終わったら合図してね」
栗之先輩に見送られて試着室に入ると俺は買い物カゴに入っている衣服に颯爽と着替える。
「ここまで変わるのか」
試着室に取り付けられた全身鏡に見た俺は思わず驚きの声が出てしまう。地味だった家から着用してきた服装と違い今着用している服装は明確は特徴が出ていた。色合い自体は大人しめだが、黒のニットベストは色合いには落ち着きがあり、五分袖の白いカットソーとの組み合わせにより安定感が出ている。ベージュのスラックスも単体として見ても穏やかで馴染みやすいデザインで、トップスとの調和性も抜群であった。
「栗之先輩試着できましたけど物凄い良い感じです」
俺は弾けた声で試着した感想を報告する。
「本当? 早く見せて!」
栗之先輩からも嬉しそうな発言が返ってくる。
「了解です!」
「松貴くんに似合っているよ。その衣装」
俺はカーテンを開ける。試着室の前で待っていた栗之先輩は自らの服装に満足するよるかのように俺に近づいて服装に見入っていた。
「僕もそう思います」
「選んだ甲斐があったよ」
「これ買おうかな」
この服装を好んでいた俺は購入を検討していた。今まで服に興味がない俺にとっては一着ぐらい凝った服装が欲しかった。
「あっ」
栗之先輩は問題を思い出したように鈍い声を上げる。
「どうかしました」
様子が違和感を覚えた俺はすぐさま栗之先輩に事情を聞いた。
「その松貴くんに似合うのを本気で探してたから値段のこと考慮していなくて」
「そんなに高いですか」
俺は咄嗟に値札を確認しようとするが、着用している状態では値札を見にくい。
「際立つほど高くはないけど、高校生にはそれなりに高く感じる値段。私でもアルバイトしてないと手が出にくいかな」
俺は明かしにくい理由だがアルバイトをしているため働いていない高校生と比べて収入は圧倒的に多い。もっとも借金返済で支出も多かった。
「どうしようかな、とりあえず着替えるので一旦カーテン閉めますね」
購入するか悩んでいたが値札を確認したかった俺は着替えることを決め、栗之先輩に断りを入れてからカーテンを閉めた。元の服装に着替え終わるとすぐさま値札を目にする。社会人であればそこまで重くない値段だが、栗之先輩の発言通り高校生には微妙に手が出しづらい値段だった。俺は財布の中身を確認してみる。するとそこにはいくつものお札が入っていた。確か先月はアルバイトのシフトを入れすぎたため想定以上の給料が口座に振り込まれていた。衣服を全て買っても資金に余裕があるため俺は全て買うことにした。
「お待たせしました。服の件ですけど今月アルバイト入れすぎてたのでそこまで問題ないです」
「松貴くんそんなに働いているんだ」
試着室から出て買うこと告げると栗之先輩は少しばかし意外そうな反応を見せた。先程アルバイトをしていることを認めた栗之先輩でも俺以上には稼いでいないのかもしれない。
「まあそれなりには」
「とにかく松貴くんが気に入ってくれて良かった」
栗之先輩は肩に掛けていたショルダーバッグを掛け直す。
「こっちこそ選んでくれてありがとうございます。これで出掛ける時に服のことで楽しみが増えました」
俺は率直に礼を伝える。これが起因となり服装に関心を持つのもいいかもしれない。それに大学に進学すれば制服はなくなり私服で大学生活を送る都合上、服を買い集めても損はないだろう。
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