第10話 傲慢

 塩や胡椒、辛子など多種多様な調味料が置かれている調味料コーナーで陳列作業を行っていた。昨日は公園から帰宅後母さんから帰りが遅かったことを心配されながら晩御飯を食べてから風呂に入りそのまま寝てしまった。朝起きて栗之先輩から遊ぶの件の連絡が着ていたが、その内容を目にしながら家族以外の異性と出掛ける機会はいつ以来だろうと思い返していた。


 今日学校で栗之先輩と会う機会はなかったが、学校では断続的に来週の日曜日のことを意図せず考えてしまい、あまり授業に集中できなかった。今も手を動かしながら考え事をしているがこれは能動的なものであり、栗之先輩のお父さんのことだった。


 栗之先輩の話では中学生の頃から家族への関心が乏しくとなったとされている。その理由も恐らくは仕事絡みだろう。昨日一人暮らしの経緯を知った際は流石に娘の一人暮らしが不安にならないのかと疑問に感じたが、直接会った印象は悪くはない。


 親子二人で何を話していたかまでは不明だが、話の内容で栗之先輩の機嫌を損なったというよりかは、道端で会話した事実で機嫌が悪化したと何となく思えた。こんな憶測は邪推だと分かっているが、どうしてもあの親子の関係が他人事だとは思えず相談が終わった後も心に引っかかり続けていた。我が家で例えるなら父さんと姉さんの関係が少しばかり似ているのかもしれない。


 手際よく商品を陳列していくが、陳列する商品を置いているケースに手を伸ばそうと横を向いた時、制服姿の栗之先輩を見つけてしまう。栗之先輩もこちらに気づき笑顔で会釈をしてそのまま商品の方に目をやる。目が合った俺は一瞬体が縮んだ。流石に栗之先輩の件で考察している最中にその当事者に見つけられるのは焦ってしまう。


「ただいま」


 家の扉を開けた俺を「おかえりなさい」母さんが玄関から見えないところから応じてくれる。恐らくリビングにでも居るのだろう。


スーパーから帰宅した俺は履いた靴を下駄箱に戻し自室に鞄を置いてから洗面所へと進む。洗面所を訪れるためにはリビングを抜ける必要があるが、リビングには食卓の椅子に座りながらテレビを見ている両親達がいた。そのまま俺は何も言わずに食卓の横を通過する。洗面台の水で顔を洗い眠気を一時的に吹き飛ばす。どうせ後二時間もすれば寝てしまっている。両親は既にパジャマに着替えており風呂が入っていることは確認済みであり先に風呂に入るか悩む。だが腹が減っていたため先に食事を優先した。


 台所に置かれていた食事を食卓まで運び着席する。「いただきます」と手を合わせてから食事に箸をつける。美味な食事を食する速度は時間が経過するごとに速まる。父さんは厳格な雰囲気で俺に話しかけてくる。


「松貴、念のために聞いておくが卒業後の進路はどうするつもりだ」


 進路の件を尋ねられ俺は箸を食器の上に一旦置き、口に含まれていた食べ物を急いで消化する。


「前と変わらず文系の大学に進学する予定だよ」


 俺は昔答えた進路希望とほぼ変わらない内容を不機嫌気味に伝える。それを聞いて父さんは「それでいい」と高圧的な態度で納得する。それを見た俺はため息をつきたくなった。はっきり言って父さんと進路の会話などしたくはない。


「それと受験することが決まっているんださっさとアルバイトは辞めたほうがいい。少しでも偏差値の高い大学に進んだほうが就職する時に有利だからな」


 アルバイトの話を持ち出された俺は箸を持つ手の動きを止める。父さんはアルバイトには俺がアルバイトしたいと告げたときから否定的だった。アルバイトの許可は出したが時折アルバイトの件を続ける意志を問われることがあった。


「まだ辞める気はないよ。買いたいものもあるから」


 内心では父さんの提言に不満を抱きながら返事を擦る。姉さんの借金が残っている現状ではアルバイトを辞める気はない。


「そんなに買いたいものが大切か。大事なのは将来だと思うが」


 父さんは俺の嘘に懐疑的な意見を口にする。


「高校生のうちだから楽しめることあると思うけど」


 俺の嘘に懐疑的な父さんに俺は素っ気なく異議を唱える。将来が大切なのは高校生である俺にでも分かる。だけど勉強以外の経験を得ることも学生時代においては大切だと感じている。 


「松貴、受験に失敗したら就職に大きく響く可能性だってあるのよ。それぐらい入る大学は重要だよ」


 二人の話を聞いていた母さんがどこか心配そうな顔で話に混じってくる。母さんが進学を案じてくれるのは有り難い。だけど両親揃って勉強を重視しすぎるのは俺としては苦手だった


「俺もそれぐらいは理解はしているよ」


 俺は両親を視界に入れずテレビの方をあえて見ながら両親の方針に呆れていた。


「だったら三学期までにはアルバイトは辞めなさい」


 父さんの鋭い警告が耳に入ってくる。その声の気迫に俺は狼狽し父の方に顔を引き付けられるように向けてしまう。父さんの表情から憤りを募らせてはいないが今回の警告は本気のようだ。


「分かった。それまでに店に退職するよう伝えるよ」


 俺は渋々と父さんに警告に同意したような発言をする。もちろん父さんに伝えたのは虚言だ。今更父さんの警告に従う気はない。


「松貴は素直で助かるよ。それに比べ栗之は大学で部活動は認めないといったときは強く反対したが、何故親の方針に逆らうのか未だに理解できない。結局優那も最終的には従ったおかげで良い大学に入れたというのに」


 厳しい顔付きで父さんは姉さんへの苦言を述べ始めた。家を飛び出して数年が経つ姉さんに対して未だに苛立つのかと俺は父さんに強い怒りと不信が心の中に現れた。


「進学の件では優那はかなり反抗的でしたからね」


 テレビ鑑賞をしていた母さんは辛辣な様子で話に混ざってくる。これ以上姉さんの話を広げてほしくない俺にとって母さんが話に参加するのは止めてほしかった。

「納得させるのに一苦労したし、優那には呆れたわ」


 父さんは不快な記憶を思い返すかのように姉への愚痴を零す。その様子を目の当たりにした俺は父さんに批難しようかと考える。だが批難したところで父さんがこちらを意見を受け入れる未来が思い浮かばず、それはおろか逆上する姿が想像できた。俺は怒りを抑え込んで両親と出来る限り目を合わせないようにしながらご飯を食べ進めた。

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