第2話 想定外の誘い

 四限目までの授業を終えた俺は鞄から弁当と水筒を取り出して教室を後にする。いつもは教室で食べるので、よく昼ご飯を食べている友人から「弁当持ってどこに行くんだ?」と珍しがられる。流石に先輩と食事をするという事実を告げれば、友人から質問攻めされるので、「他クラスの友人と食べる」と納得してもらえそうな嘘をついて未然に危機を回避した。


 二年生の教室は二階にあり、三年生は上の三階に教室がある。俺は階段を上がって三階へと向かうが、普段立ち寄ることが少ない三年生の区域であるため、多少心が落ち着かない。もっとも小学生低学年の頃に上級生の教室を通るときの膨大な緊張感よりかは気分は安定している。


 三の一の教室前にたどり着いた俺は扉前から教室を見渡し栗之先輩を探す。栗之先輩は弁当を持ったまま栗之先輩の友人らしき人らと談笑していた。栗之先輩の周囲の人はは既に弁当箱を空けて、料理を手を付け始めていた。僅かながら栗之先輩を待たせてしまったようだ。会話中の集団にいる栗之先輩を呼ぶのは少し気恥ずかしくなるが勇気を振り絞り栗之先輩を呼ぶ。


「栗之先輩、お昼になったので約束通り教室に来ました」


 確実に栗之先輩に声が届く音量であったため、栗之先輩が反応してくれたが栗之先輩の周囲の人もこちらを振り向く。栗之先輩の周囲の人は口元を緩めながら何かを疑うかのように栗之先輩に見ている。栗之先輩は周りに対し苦笑いしながら俺の方へと歩いてくる。


「お待たせ。わざわざ教室まで来てくれてありがとうね」

「いえ俺が言い出したことなので気にしてないですよ」


 俺の前に到着した栗之先輩が手に持っている弁当箱を入れる袋は鳥が描かれた穏やかなデザインだ。


「お昼食べる場所中庭のベンチでいい? 他に候補があるならそこでもいいけど」


 栗之先輩とお昼を食べることに意識を取られていたせいで食事をする場所を考え忘れていた。躍巡高校では食堂と教室以外に屋内に食事可能な座席はない。空き教室も原則昼休みは利用禁止であるため、食堂を利用しない場合、自クラス以外の学生と食べる場合は誰かの教室か中庭のベンチで食べる必要がある。ただ他クラスの同級生なら違和感はないが、後輩や先輩と共に自教室でご飯を食べるのは周囲から好奇な目で見られる可能性が高く少々気不味い。


「中庭のベンチで構いませんよ。それなら早く中庭に行きましょう」

 俺は多少栗之先輩を急かすように先輩に返答し、栗之先輩と共に三年の階から離れていく。栗之先輩と教室の前で話している間、三の一の教室からこちらを興味津々そうに観察している三年生の目線が個人的に辛かった。なので早急に栗之先輩の教室から去りたかった。


 中庭に着いた先輩と俺は空いていたベンチを見つけると栗之先輩から先にベンチに座り、その後に俺が栗之先輩と少し離れた位置に腰掛ける。中庭のベンチには屋根はなく、今は太陽が目立つ晴天がベンチを見下ろしている。外で食事をするが久しぶりな俺は思わず太陽の光が眩しく手で目を覆った。


「今日は眩しいですね」

「確かに天気が良すぎるかも。けど弁当食べるには晴れていたほうが気持ちよく食べられるから、晴れててよかったね」


 曇り空だったらどこか気分も興醒めするので俺も好天であることに感謝する。栗之先輩は袋から小さな弁当箱を取り出すと蓋を開ける。一段式の弁当箱の中身は半分が白ご飯で残りが野菜中心のおかずだった。一方で俺も二段式の弁当箱を開けるが、一段目がふりかけが敷かれた白ご飯、二段目が肉が多めのおかずという構成となっていた。母さんに作ってもらっているため、昼になるまで内容は分からない。


 栗之先輩は箸を持つと弁当に手を付けず俺の弁当を注視してくる。

「松貴くんのお弁当美味しそうだね。こっちまで肉のいい香りがしてきて食欲が高まる」

「肉は嫌いではないので、肉が弁当に出てきたときは嬉しいですね。けど栗之先輩のお弁当も見栄えが良くて美味そう。野菜中心で栄養バランスについても注意していそうに見えるし」


 他の人に弁当の内容で褒められることが限られていたので何故か照れくさくなる。実際に弁当を用意しているは母さんなのでいつか弁当のことで感謝でも伝えよう。


「そう言ってもらえると嬉しいかな。意外と献立考えるのが手間掛かって苦労しているから」

「僕は母さんに任せきりなので尊敬します」

「わたしも作り始めのときは苦労したけどね」


 弁当作りで始めの頃は相当苦戦したのか栗之先輩は顔色は良いながらもかなり苦笑いしていた。俺は栗之先輩を見習いたいと思いながら肉料理に味わう。普段は室内で昼ご飯を食べるためか、外で食べる昼ご飯は普段とは異なった雰囲気がして料理の風味は違うように錯覚してしまう。実際の味はいつもと何ら変わりのないはずだが。


「そういえば松貴くんっていつからあのスーパーでアルバイトしているの? 何度か見かけた覚えはあるけど、話したのは昨日は初めてであまり記憶にないから」

 自分は口に含んでいた料理を胃に送り込むと、箸を持った手を宙に留めると口を開く。 


「高校入学した始めからアルバイトしてますね。お金を稼ぐ必要があったんで」

「一年生のときからアルバイトしてお金稼いでいるのって凄いね。やっぱり欲しいものとかあるからアルバイトしているの?」

「……手に入れたいものもあるのでその通りですね。僕も気になってたんですけどやっぱり先輩ってスーパーで買い物するのって自炊のためですか?」


 会話の主体が栗之先輩になるように話題を切り替えた。そして栗之先輩に嘘をついた。ほぼ初対面の人にアルバイトをしている事情は明かせない。


「そうだよ。わたし一人暮らしだから朝昼晩、自分で調理しないといけないから数日に一度スーパーで食材を買い貯めしているよ」


 自炊の件からある程度予想はしていたが、一人暮らしとは意外だった。躍巡高校で一人暮らしをしている学生は俺の知る同級生にはいない。大学生ならともかく高校生が一人暮らしとはかなり珍しく思えた。


「高校生で一人暮らしって凄いですね。僕だったら食事の支度を考えただけで一人暮らしするのは躊います。もちろんいつかは家を出ないといけないわけですが」

「慣れたら一人暮らしも気軽に感じるよ」


 高校を卒業したら一人暮らしを始めるかと想像していた俺に対し栗之先輩は小声で「だけどたまに実家が恋しくなるけどね」と言い足しながら膝に乗せたお弁当の方に顔を向けた。俺は一瞬、栗之先輩の発言が気掛かりになりそれに関して質問をしようとしたときには話の流れが切れていた。昼食を食べた後、俺と栗之先輩の二人は少しだけ世間話をしそれぞれの教室に戻った。

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