第2話辰巳君
私は音楽室の向かっている途中滑ってこけてしまった。
「う~わ……」
散らかった筆記用具を見る。しゃがんで筆記用具を拾う私を誰も見向きもしなかった。
「……大丈夫?」
上を向くと、ショートヘアの男子がこちらを真上から見下ろしていた。
「ん~どうだろ」
パっと思いついたことを口に出す。
「まぁ緊急搬送じゃない?」
「え?」
「ほら、ペンたち大けがじゃん」
ペンを拾いながら私は言う。
「俺行くね」
驚くほど言葉に中身が詰まってなかった。溜息すらつかず私の横をスタスタと通って行く。
私は笑顔でペンを拾っていた。
次の時間の準備をしているとき、さっきの男子が横を通った。
「あちょっと!名前は?」
「辰巳」
「おっけ!わかった!」
なんとなく名前を訊いたらやっぱりスカスカな言い方で名前を教えてくれた。
「ねぇ!」
「え?」
「私のことどう思う?」
辰巳君は溜息をつきながら私の方に来ると「つまんない人」と吐き捨てるように言った。「私もそう思う!」と返した。
辰巳君は、私が今まで出会ってきた人の中で一番正直な人だった。私が人を笑わせようとすると大抵苦笑いされたり無視されたりするけど、辰巳君は「馬鹿みたい」って正直に言う人だった。
周りの人は私の行動で一度は笑ったことがある人達だった。だから「きっともう一度笑ってくれる」そんな勝手な憶測でその人に固執して笑わせようとする癖があった。でも辰巳くんは「絶対に笑わない」って確証があった。なら、辰巳君と一緒にいれば、学習してこの癖も無くなるんじゃないかって思いついた。
さっそく私は方法を考えた。度々会うことができる関係。一番適しているのは「彼氏彼女」の関係になるということだと気づいた。もう私にはそれしかないって思った。
翌日、私は辰巳君を体育館裏に呼び出した。
「つ、付き合って欲しい……」
慣れないセリフにモジモジしながら言う。
「そういうのは…違うと思うんだけど……てかなんで…」
辰巳君は袖で口元を抑えて目を明後日の方向に向けていた。見たことない表情に驚いた。
「いや…マジだから!申し訳ないけど!」
少し大きな声が出てしまった。
「表情のない俺で良ければ…」
「さっき思いっきり照れてたじゃん」
「それは違うから!」
髪の毛をいじりながら辰巳君は言う。
「何が違うのよ?」
「この話やめ!俺帰るから」
そそくさと帰ろうとする辰巳君を引き止めた。
「彼氏彼女なんだから一緒に帰らないとでしょ!?」
「はぁ!?」
「いいじゃん!?」
帰り道、私達は夕日に照らされた歩道を無言で歩いていた。
「なんか話さない?」
「……無理でしょこの状況じゃ」
「……だよね」
なんだか変な気持ちになった。感じたことのない気持ち。
とにかく気まずかった。いつもならここで変なこと言いだすんだけど今日は必死に堪えた。
この関係が何週間続くかわからない。少しの間だけでも私を直すために一緒にいてほしい。
――お願いだから。
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