第19話 ここ以外の世界について
とんでもない。あり得ないと思った。
神域化した斎場。神代の奇跡によって、幾つも幾つも閉じていく感覚を時頼は感じていた。
背筋がゾクゾクして、興奮して止まらなくなった。
圧倒される。現実なのか、いや、自分の感覚は嘘ではない。こんなものは知らない。はじめて感じるものだ。
花臣も驚いた顔で、見ている。
自分たちがこんな場面をみることが出来た嬉しさや、この後どうなるのかと言った困惑と不安。
諸々が混ざり合わさりながら、しかし、それ以上に凄いものを見ているという、奇跡に対する興奮が心を動かす。
「……今日は厄日だったか?」
「違えな」
あっという間に結界が修復されていくのが、信じがたかった。
時頼と花臣が用意した五箇所の陣。それを利用して互いが互いを補完するための、五芒星の結界が張られる予定だった。
しかし、そんな段ではない。五箇所の陣の中に細かく細かく同じように陣が敷かれ、五芒星の中に五芒星が生まれる。
より綿密で、複雑化した結界を作り出そうとしているのだ。
こんなに簡単に、結界は修復出来ない。絶対に無理だ。
人柱を五箇所に立てても無理だ。さらに大勢の人が必要で、それも熟練した者が呪文を1人が発するように揃えて唱えなければならず、それで短縮したとしても無理だ。
なのに、実際にそれが行われている。
「用事は消えたね」
ツインテール女がニヤリと笑っている。
人間だと思っていたが、今はその笑みが人に思えなくなっていた。
5つの頂点がついに、円を描いて繋がる。
土地が離別し、境界が生まれた。
「……ふ」
全てがみちりと整理され切り、土地の中身が入れ替わった。この場所だけが切り取り線で別の空間へと移動したと言えば、分かりやすいだろうか。
切り取られたもの、切り取られなかったもの。見事な線引きだった。
ーーマジで、全部直しやがった。
単純な感嘆と尊敬の念が、あった。
「愛花ちゃん!」
それと同時に大和撫子がふらついた。が、横にいる何かが支え、ツインテが走り寄っていく。
余程大事なのだろう。ニヤニヤしていた顔が焦りと心配でいっぱいだった。背中をさすってやっている。
横にいつの間にか、花臣が戻ってきていた。どうせならその顔で同情を買ってから、来てくれりゃいいのにと内心思ったが、口に出すと面倒なことになるので言わない。
「すんげーの」
「この神業みわざを目に出来ただけでも、ここに来たかいがあったとは思わないか?」
「そだな」
認めたくはないが、術師としてはこの場所に来てよかったと感じた。興奮覚めやらぬというやつだ。未だに肌が粟立っていた。
耳のピアスを弄り、石の固さに心を落ち着かせる。
「あーあー」
「結界は見事に完成したが、このあとがな」
「死線くぐんの、もうやめてえよ」
「……何だかんだで楽しんでいるだろ」
……最後の言葉は、小声すぎて聞き取れなかった。
「ねえ、お兄さんたち」
「ア?」
いつもの癖で、威圧的に返事をしてしまう。こんな場面でも、いつも話してる言葉が出るんだから、癖は怖い。
花臣が一歩後ろに下がったと思ったら、時頼の帽子を何かがそのまま木に縫い付けた。恐ろしい速度だった。ゾッとする。
「ガラ悪いよ。可愛い顔で、『ア?』とか言わないでくれる。愛花ちゃんが怖がってるでしょ」
「ゆ、優芽ちゃん。今のは優芽ちゃんの方が怖いよ」
「……ありゃ。ごめんね」
ーーねぇ、教えて欲しいな。
「あなたたちみたいな人って、外には沢山いるの?」
「だ、れが、可愛い顔だ」
後れ馳せながら意地で優芽に反論するも、花臣が間に入り込み、相性の悪い2人を引き離す。
「この土地には居ないのか? 神社仏閣はあるだろう。専門の者がいるはずだ」
「神社なんて、個人が社管理してるのばかりで、神主かんぬしもいない小規模のやつだから。寺なんてあったかな?」
優芽は愛花に聞いた。
「……多分、ないかも。お墓もあんまり見ない上に、集合納骨してある場所が多くて。管理はその土地の人たちが協力してやってる気がする」
「浄土真宗を信仰してない土地があったのか」
「うーん、神道系がほぼだと」
この国で一番信仰している人間が多いのが、浄土系の仏教である。珍しすぎて、草も生えぬ。
「ねえ、詳しく教えて」
「排他」
「はー、排他ね。余所者は要らない、気に食わない。外から入ってきたものは悉く否定したってこと。昔の人にありがちなやり方が残ってたわけか」
「神道が主」
「でも。あなたがここら辺の土地の管理をしてるってことは、あなたが祀られてるんでしょ」
化け物が話してる。音がぼやけて、見目すらうまく認識出来ないのに、話しているのが分かる。
優芽はどんどん質問した。
「お兄さん。ここ以外の人たちって、どんなかんじ? 自分たちをなんて呼んでるのかな?」
「この土地以外では、ニセモノも本物も多数存在している。俺たちは退治と修復、占いに星読みも専門としている本物だ。その一家の人間である。
陰陽道と呼ぶものもいるが、修験者も呪術師も元を辿ると似たようなものだ。陰陽師と呼ばれるにも、思想が混じりすぎていてな。霊能力者とでも呼べば良い」
「霊能力者かー、ありがと」
「これで気が済んだか?」
「まあまあ、ね」
そして、そのまま愛花の元に向かう。
「ね、愛花ちゃん、愛花ちゃんだけが見える訳じゃないんだって。ここだから、『一人』なだけ。外には色んな人がいるみたい」
ふわりと笑った。柔らかく、安心させるための笑み。
優芽は、愛花だけのために笑った。
男なら、見惚れてしまう優しい微笑みだ。人を惚れさせる魔性のようでもある。危険な女だと分かっているのに、その柔らかさに心を奪われる。
この女は、未知の力を持つ彼女ーー愛花を愛しているのだろう。
それがどんな形であろうにせよ、誰よりも大切にしたいという気持ちが、他人である時頼にまで感じられた。
人が大して好きではないと自覚している自分でさえ、魅了してしまう。そんな愛情だった。
「さーて、ご飯でも行きますか? 美味しいとこ教えてあげる。もっとお話も聞きたいし」
話が急に変な方向に行きやがった。
とんでもない目に合わせておいて、この提案は神経が太すぎるだろう。
そもそも、そこの化け物と飯を食いたくないのだが、これは強制イベントだろうか。
♢
「……ありがとうございます。色々と貴重なお話が聞けて、参考になりました」
「いや、俺も助けてもらったのに大した礼もできず、ごめんな」
「私、クロさんに近づき難そうな人だなって思ってたんですけど、全然そんなことなくって、話せて嬉しかったです」
なんだかんだで、普通に会話して食事した。何事もなく終わったが、愛花と話すと威圧され、優芽が場を調整するという離れ技を見せられ、少し疲れた。
花臣でさえ気後れしていたのに、優芽は全く気にしておらず、ズケズケと突っ込んで話を聞いてくる。
本当に話したくないことはギリギリかわして、絶妙なラインで話を振ってくるので、会話が上手いと意味のわからないところで感心させられた。
最後は美味い飯と酒(※未成年は飲んではいけません)を味わって良い気分になれたので、悪くはなかったが。
そして、愛花はやはり大和撫子だった。飯を分けるのも率先してやってくれて、話もゆっくり聞いてくれる。細かいところに行き届く女性らしさを感じさせられた。
化け物が憑いてなければ嫁にでもしたいと思ったが、思った時点で悟られて殺される気がしたので、頭の中から消した。
「また、遭うことがあればいいな。
外に出たいとか、手助けが欲しいとかあったらよ。ここに連絡してくれ」
「えと、携帯持ってなくて。今メモしますね」
「珍しいな、持ってねーなんて」
「あんまり持つ必要も感じなくて、持たないままここまで来ちゃった感じです」
「ほー、周りに流されなかったのか」
花臣がスマホを差し出し、時頼がそう言うと、愛花は顔を俯けた。
「人と関わることで、人に迷惑をかけてしまうのは嫌なので」
「……。ま、気にすんな。俺たちに相手が感じる感情は、こっちが左右できるもんじゃねーし。アンタは多分、良いやつだよ」
「ありがとうございます」
「お世辞とかでもなんでもなく、普通に連絡待ってるからな」
「はい、連絡しますね」
そうして、彼らとは別れた。また、会えると良い。
♢
別れた後、愛花と優芽の帰り道。
「愛花ちゃん、不便だし、今度スマホ買いに行こうか。タブレットとかでも良いけど、とにかくネットに触れようね」
愛花は、パソコンは授業で使うから普通に使えて。タブレット端末の使い方もなんとなくだけど、出来ることを優芽に伝える。
「これから人と付き合っていくなら、連絡ツールは必須だよ。スマホがないと生活できなくなるような場面も増えてくるから、持ってた方がいいと思う」
「……ううぅ、電子機器は好きじゃないのに。高いし、使いこなせる気がしない上、GPSとか付いてるから四六時中監視されてる感じがする。写真とかは家にカメラがあるし、電話は家電いえでんがあるから問題ないし……」
「そんな難しく考えなくてもいいよ。便利な道具ってだけだから」
「なんか、よく言えないんだけどやだ」
愛花はうまく自分の違和感を説明できずに、言葉が詰まった。
「うーん、持ってるとLINEとか教え合ったり、頻繁に連絡しなきゃいけない義務感があるのがいやなのかな?」
「そんなのがあるの……。絶対上手く出来る気しない。
なんていうか、私としては、スマホを持ってる人って何かに憑かれたみたいにスマホばっかり見てるから怖い……。時々、あっち側の人と勘違いしたりするし」
ひたすら下を見て歩いてるのを見たら、この人はこの世に存在してないのかもって思って、避けずに真っ直ぐ通ったら、普通にぶつかったことあったし。
(反応したり、避けたりすると認識しちゃうから、動きを見て対処してるのに。スマホ歩きだけはやめてほしいし、したくない)
「……それはそうかも。なら、携帯電話だけでも買おうか」
「分かった」
「夏祭りではぐれて連絡手段がなかったら大変だもん」
「……夏祭り?」
聞き覚え無いワードに引っかかって、再度繰り返す。
優芽は怒ったように顔を膨らませる。
「忘れてるねー、愛花ちゃん! 今度の夏祭り、あの服着て一緒に行くって約束したでしょ」
「あー、うん」
……全く覚えてない。
「まあ、その前に期末試験をがんばろっか。そのご褒美に携帯ね!」
「…………」
「日にちは少ないからバシバシ勉強しよう」
「はい……」
現実に戻らなくてはいけない。とりあえず目の前の期末試験の範囲から、調べよう。
そう思っていると、優芽が範囲を教えてくれる。
「ぎゃー、広すぎる」
愛花の断末魔が、その夜街に響いた。
時間は経ち。なんとか期末試験も終え、大量の課題が出されて苦しみながら。
ーーそして、夏休みが始まる。
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